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「今日は湯浅君も来てくれてるんで!」

「お、まじで湯浅君じゃん! よ、我が研究室の秀才!」


 居酒屋に着くと、すでに参加者は集まっていたようで、角張ったジャガイモ岩間くんと、隣にいた細身の貧相な芋中島さんが囃し立てている。先輩も来ていたのか。

 テーブルを見回すと、おそらくは他学部の人を呼んでの合コンらしい。は見えなくとも、服装の感じからおそらく同年代の学生といった風貌が多かった。


「俺らとは違って、湯浅君は真面目に大学院生してるからね」

「え、どんな研究しているんですか?」


 席につくなり、目の前のノーザンルビー紫色の化粧の濃い女性が興味津々に小さな頭を向けてきた。

 いつもなら緊張してまともに顔すら見れないが、今はだいぶ落ち着いて顔を見返すことさえできる。よし。心は落ち着いてる。別にこれなら普通に話せるはずだ。


「拡張現実ってわかります? ARって言うんですけど、それの知覚影響について研究しています」

「ARってあのコンタクトのやつ? あんまり私は普段使いしてないかな。つけるのめんどくさくて」

「でも、そのARで見えるものが変わると、人の現実の認識も変わるんです。見えてるものが変わるというか。その人自身も変わるかもしれない」


 周りの綺麗なジャガイモ女性陣達はぼけーととこちらを見るだけだった。やはり芋は表情はわかりずらいから。その横で男爵芋研究室の同期たちが「湯浅先生、もうちょっとわかりやすい解説でお願いしますよー」と笑っていた。

 その声に少しイラっときたが、今は話せる高揚感のおかげでそれも少し許せる感じさえする。


「えっと、じゃあ、例えばですが、緊張しないように人の顔を何か別のものだと思うと良い、って言いませんか? たとえばジャガイモとか」


 ちょうど今、あなたたちの顔がそう見えてるようにだけど。


「あーそれなら知ってる! ジャガイモって! 確かによくいうけどさ」

「それは例えですけど、そういうことが本当に効果があるかどうか、という感じの、」

「え、うける! つまり人の顔がジャガイモみたいに見えて緊張しなくなる研究ってこと?」

「あ、えっと、それだけというわけじゃないけど……。まあ、そういうことをイメージしてもらうとわかりやすいと思います」

「え、なにそれめっちゃウケるんだけど!」


 目の前のノーザンルビー化粧の濃い女がケラケラと声を出して笑う。


「じゃあ、湯浅さん、ジャガイモ博士ってわけだ! 天才ジャガイモ博士!」

「えー、流石にダサすぎるででしょその名前!」

「むしろ湯浅君らしいって! 素朴で実直な感じでね! どう、湯浅君!」


 男爵芋達男達ノーザンルビー達女達が続けてさらにケラケラと笑っている。表情からわからなくても声だけでも想像つく。その滑稽な光景が、段々とあの浅ましいものに重なっていくような変な感覚が私を襲った。顔がそこにはないはずなのに、頭の中でうっすらとイメージが書き変わるような。

酔いが回ってきたせいもあるのか、なんだか気持ち悪い感覚が徐々にせり上がってくる。


「ごめん、ちょっとトイレに……」


 そう言って席を立ち、小走りでトイレに向かった。個室に入り、少し目と心を休めることにする。

 洗面台で軽く顔をすすぎ、目の前に鏡に目を移すと、シャキッとした私の顔シャキッとした私の顔が映った。そこまで酔いの影響もなさそうだ。


 席に戻ると、細身の貧相な芋中島さんが「早く早く!」と手を振ってきた。


「ジャガイモ博士のおかえりだ! では、博士。今日は参加記念ということで!」


 タイミングを合わせたように、個室のカーテンが開けられ、料理が次々と運ばれてくる。それは。

 揚げたての顔のスライスポテトフライだった。その横には小皿に小分けされたどろどろに溶けた頭ポテトサラダまである。

 頭ではなんでもない景色とわかっているのに、頭のずっと奥が痙攣している。この世の物とは思えない光景が、目の前に広がっている。一瞬、頭の痛さと共に目がくらんだ。


「とりあえずありったけ芋料理を頼んでおいたから! イモパーティーね! イモパ!」


 細身の貧相な芋中島さんが運ばれてきた肉と生首のごちゃ混ぜジャーマンポテトを嬉しそうに、どこにも見えない口に運んでいる。怪物みたいだ、とジリジリと痛む脳がただその情景を客観的に認識する。

 隣のノーザンルビー化粧の濃い女はグラタンをみんなに取り分けていた。グラタンを見ると、マカロニと共に、小さな顔ジャガイモが白いベタついたクリームの中から笑ったような表情を覗かせている。それをスプーンで救い、べちゃっと小皿に盛り付けた。三つの不揃いな生首ジャガイモがごろごろっと転がった。


「はい、湯浅博士!」


 ニヤつく、顔のないノーザンルビー化粧の濃い女が、小顔が乗った小皿をこちらに差し出す。小皿の上のもニヤニヤと笑い、その笑い声はなぜか目の前の大きなノーザンルビー化粧の濃い女から聞こえてきた。

 ふと、これが飲み会というやつか、と冷静に判断している自分に気づく。今まで飲み会になんか参加したことないそうだだから自分が知らなかっただけだそうなんだそういうことだそういうことにしよう。自分の知らなかった世界はこんなにもグロテスクでおぞましいものだったのだと。

 勝手に納得しようとする頭とは裏腹に、手は必死に腕のデバイスでARの機能のONOFFを繰り返していた。目の前の人の顔がくるくるとシャッフルされる。芋が顔になり、顔が芋になり切り替わる。視界に映る物の正体が掴めぬまま、必死に機能のONOFFを繰り返した。


 「どうした、湯浅君?」


 声が聞こえ見ると、中島さん細身の貧相な芋がこちらをじっと見つめていた。いつもの嘲る声とは違い、何か不気味なものを確認するような声だった。

 気づくと周りの女性達洗い立ての綺麗なジャガイモや騒いでいた男達男爵芋が、じっとこちらに目を向けているようだった。テーブルの料理の中に佇む、様々なジャガイモ生首もじっとこちらを見つめる。

 口のないから不気味な声が響き、身を寄せ合って囁きあう生首でかいジャガイモ頭の肉塊マッシュポテトがニヤニヤとこちらを見ていた。

 いつの間に奇妙な世界に迷い込んだのか。ここは地獄か何かか。今私がいるのは、居酒屋だったはず、だ。

 

 「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くなってきたから今日は失礼させてください」


 私はじっと見つめてくる芋達に別れを告げて、その狂気の世界から急いで離れた。一刻も早く、この地獄の世界から、抜け出したい。

 

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