晴先生の完璧に行える授業への道のり

藤泉都理

晴先生の完璧に行える授業への道のり




「先生。本当にいいんか?」

「ええ、お願いします」


 夕日が差し込む教室にて。

 神妙な顔で向かい合っていた。

 六年間繰り上げてずっと同じクラスの担任を務めるAIロボット先生、はれ先生と、生徒である小学三年生の少女、みっちゃんが。


「たくさん学習したので、大丈夫です。参加してもらってください。みっちゃんのお父様に」

「わかった」






 人間の担い手が限りなく少なくなった教職に、AIロボットが参入してから数年が経った頃であった。


 完璧だと思われたAIロボットにも、弱点が露呈した。

 外部から意図的に送られた、またはAIロボットが学習した際にウイルスに感染しては正しく教育をできる状態ではなくなったり、AIロボットの思考や判断及び、その過程を人間が理解できなかったり、AIロボット自身が引き起こした事故やトラブルの責任の所在の不明確さだったり、AIロボットの自発的充電による電気代、修理代、買い換え代の高騰だったり。

 時に理解不能な行動をAIロボットが取ったりすることもあった。

 例えば。

 或る特定の人間を目にすると、強制終了する。など。






(先生。ガンバレ)


 みっちゃんは教壇に立つ晴先生に、熱いエールを送った。

 晴先生は力強く頷いて授業を始めますと言いながら、まずは二十人の生徒を、そして、教室の後ろに横一列に並ぶ生徒の保護者たちを見た。




 運動会や音楽会も含む、年に数回行われる授業参観の日であった。

 ずらりと教室の後ろに並ぶ生徒の保護者の中に、みっちゃんの父親も、いた。

 美しくもなく、可愛くもなく、渋くもなく、厳めしくもなく、これと言って特徴を上げられない、平均的な日本人の塩顔、やせ型であり、集団に紛れてしまう地味人間であった。

 それでも。

 晴先生の目には。

 今回は保護者全員に仮面をしてもらっているにもかかわらず、みっちゃんの父親を特定。


(完ぺきだったはず、なのに)


「ごめんなさい。みなさん。緊急事態が発生しました。ので。強制終了します」


 思考回路を焼き切らすほどに、輝いて見えたのだ。






「ううううう。私は教師失格です」

「大丈夫だって。晴先生。今度の授業参観までに見ても強制終了しないようになればいいんだよ」

「はい。頑張ります。もっとたくさん学習して、打開策を見つけてみせます」


 晴先生は打開策を見つけて完璧に授業をこなしてみせると意気込んでいたが、授業参観を楽しみにしている生徒および保護者からのクレームにより、みっちゃんの父親が出なければいいという声が噴出。

 その声に対抗するように、みっちゃんの父親も、授業に参加しているみっちゃんの姿を見るのを楽しみにしているし、みっちゃんも、みっちゃんの父親に見てもらうのを楽しみにしているのだから参観を許可すべきだとの声も噴出。

 保護者同士が敵対する事態になってしまい、みっちゃんの父親が参観しようがしまいが、禍根の火種が残りそうになる中。

 晴先生は次なる打開策を発見。

 授業参観前にその打開策が通用するか確認すべく、みっちゃんに或る物を手渡して、みっちゃんの父親に学校へのご足労を願った。




「晴先生。大丈夫だよ」

「ええ。ありがとう。みっちゃん」


 みっちゃんと晴先生しかいない放課後の教室にて。

 失礼します。

 教室の扉を開く前に、みっちゃんの父親が一声かけた。

 晴先生は胸の前で拳を作って、みっちゃんを見て、扉に目を向けて、どうぞと言った。

 失礼します。

 再度言って、みっちゃんの父親がゆっくりと、扉を、開けた。

 晴先生はみっちゃんの父親を、見た。

 みっちゃんは晴先生を見上げた。




「大丈夫、です。大丈夫です!」


 飛び跳ねた晴先生に続いて、みっちゃんと、そして、付け髭眼鏡を装着したみっちゃんの父親もまた、何度も何度も飛び跳ねたのであった。




 次の授業参観にて。

 晴先生のクラスには、付け髭眼鏡を装着した生徒と保護者の姿があったとさ。




「よし。これでまた完璧な授業を行える先生へと一歩、近づけたわ」




 晴先生は、ずれた付け髭眼鏡を整えたのであった。











(2024.1.20)



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晴先生の完璧に行える授業への道のり 藤泉都理 @fujitori

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