キューブハウス
宇多川 流
キューブハウス
通報者のパスキンが管理するアパートは、最近よくある可動式キューブハウスだった。この種の家は大抵が真四角で、内部の部屋も立方体の形をしている。より大きなキューブハウスの部屋には複雑な形のものもあるが、件の建物は二階建ての小さなアパートだ。
「やな家だねえ。あたしゃキューブハウスは嫌いなんですよ。ほら、味気ないし何か病室や監獄っぽいでしょ?」
「文句言うな、チェンボ。これも仕事だ」
相棒の小男をたしなめながら、ジンは密かにコートの下の麻痺銃のグリップの感触を確かめた。刑事に支給される調整メモリ付の物だ。『妙な音がする』という通報は差し迫った危険を感じるものではないが、経験上、油断は禁物だと身に染みている。
「メーカー側の話では、機械系統に異状はないそうです。よくある話で少しすれば上手くかみ合って収まるだろうと言われますが、わたしはどうにも気になって仕方がなくて」
上品そうなグレーのスーツ姿の男、パスキンが先導し、指紋認証で玄関のロックを開ける。真四角の小さなロビーが三人を迎えた。
「動物が入り込んだとか、何かの部品が外れたとか、そういう音ではないんですよ。実際に聞いていただいた方が早いと思いますが」
「動物でなくて人、とか?」
チェンボが半分茶化すように尋ねた。
キューブハウスは立方体の部屋を自在に移動させて家の内部を組み替える。そのため最低でも一部屋分は部屋のない空間が存在することになる。そこに何かが入り込むという事件もいくつか起きているが、音から発覚し開いたときには原因は骸になっている。
「可能性はありそうですが……」
パスキンはロビーの奥のドア横にあるインターホンに、三号室へと指示。音も震動もなく部屋が組み替わるが、ドアが開く直前の一瞬にだけ鳴る、カサカサと軽い物が擦れるような音。それに上品な金属音も重なる。
「機械が壊れてるにしては軽い音だ」
「音は気分の悪いもんじゃないんですよ」
言いながら、案内役は開いたドアをくぐる。淡いクリーム色で統一された部屋だった。ダイニングキッチンにクローゼット。しっかり調度品を固定した単身者用のワンルーム。ただ、トイレやバスルームは見当たらない。
「空き部屋です。間取りはどこも同じです」
「俺はキューブハウスに詳しくないんだが、トイレや風呂はどうするんだ?」
それにパスキンではなくチェンボが答える。
「警部、常識ですぜ。そういうどの部屋でも使う設備は一部屋になってて、対応した利用者ごとに面を使い分けるんです」
実際に見た方が早いだろうと、パスキンが部屋の入り口横のインターホンに『バスルーム』と声をかけた。例の音の後でドアが開くと、タイル張りのバスルームがドアの向こうに現われる。
「液体は循環装置じゃなくて配管つなぎ直しか。それにしても部屋に比べて小さいな。六人分にしても少し隙間があると思うが」
「余分な部分は空洞、と言いますか、骨組みだけになっています」
ジンは拳で壁を叩いてみる。コンコンと軽い音がした。
探偵じゃあるまいし音でわかるかい、と、チェンボが大きなポーチから双眼鏡に似た道具を取り出す。数種類の透過センサー付の万能眼鏡だ。それを掛けるなり、
「ああ、面白い物が見えますぜ」
「面白いもの?」
相棒とパスキンの不審げな視線を受けながら、黒い眼鏡を両目にはめた、パンダに似た奇怪な姿がにたにたと笑う。
「ドアを開けたまま組み替えをやってみな」
言われるがまま、パスキンがドアを全開で停止させてバスルームを動かす。
ほんの一瞬ではあるが、バスルーム・キューブが動くのに合わせ、そこに組み込まれている面白いとは言えない物の並びが、ほのかな線香の匂いと共に視界を横切っていった。
『大手キューブハウスメーカーの内職!』などという見出しが紙や電子製の新聞の一面しを飾ったのはそれから数日後のことだ。
同メーカーのキューブハウスには調査が入り、そこで入居者に知らされてなかった様々なものが発見された。栽培室、貸金庫、そして〈利用者入り〉冬眠装置や、仏具付の骨壷収納棚。キューブハウスの裏側がほぼ密室であることを利用した、メーカーのサイドビジネスとでも言うべきか。
この事件以後、関連メーカーには入居者にすべてを開示することが義務付けられた。やがてキューブの裏側の活用法はステータスの一つとして受け入れられ、墓付のものも、『揺りかごから墓場まで』のキャッチコピーで意外な人気を博したという。
〈了〉
キューブハウス 宇多川 流 @Lui_Utakawa
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