火球が雪に落ちる時、始まるのか、終わるのか。
アキノナツ
火球が雪に落ちる時、
ユーザー企画の参加作品です。
冬の花火をイメージしてます。テーマなどに、「毒」「両片思い」「じれじれ」などがありました。
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ライターで火をつける。
ロウソクを雪に刺した。
白い雪に白いロウソク。
小さな炎がゆらゆら揺れている。
シンと冷える冬の夜。
「こんばんはぁ〜」
待っていた人の声に心がポッと温まる。
「こっちぃ〜」
玄関に向かって、横の庭から声をかける。
垣根の扉を開けて、庭の方にやってきた。
半年ぶりに見る彼はちょっと大人びて見えた。
着ている黒のロングコートさえも大人な感じだ。
オレが呼び出した。約束の時間通り。
オレは、寒そうにしている幼なじみに花火の袋を渡した。
「何? 冬に花火?」
戯けた口調で言って、花火のパッケージを裏返したりして見ている。
「だって夏いなかったから出来なかったじゃん」
ちょっと拗ねた声が出た。
三つ年上の幼なじみは、海外の大学に進学した。
夏、彼は行ってしまった。
前の夏に『また一緒に花火をしよう』と約束してたのに。
オレが受験勉強で煮詰まってるだろうからと彼も受験なのに、息抜きにって誘ってくれたのが嬉しくて「来年もしよう」と約束したのを反故にされて、オレは、ちょっと、怒っていた。
彼が卒業した同じ高校の制服を見せたかったけど、なんだか忙しそうというか、母さんが「お兄ちゃん大変そうだから行っちゃダメよ」って言うから遠慮していた。だから、『大変立腹』を『ちょっと怒ってる』にしてあげてる。
あげてるけど、まさか進学先が海外なんて聞いてないよ…。
「ごめんな。でも、こんな夜に花火も悪くないな」
少し雪がチラついてる。
庭には雪が積もっていた。
彼が来たのも雪道だ。
暗闇に白い雪がぼんやり浮き上がって見える。
彼はオレの言う事を否定しない。
オレがなんと言っても、いいように言ってくれる。いつまで経っても年上のお兄さんの余裕だろうか…。
家から漏れてくる明かりで彼がぼんやり照らされる。
雪の上に赤や緑の豊かな彩りの火花と白い煙。火薬の臭いが冷えた空気と一緒に鼻を擽ぐる。
シューっと派手な音と共に吐き出される火の粉は白い雪に黒い沁みを幾つも散らしていく。
スマートに黒のロングコートを着こなしてる彼を見てると胸が苦しくなってくる。
海外に行ってくれて、近くなくて良かったとも思うし、物理的に遠く離れてしまえば、こんな気持ちも、いずれ…消えてくれるかもしれない。
知られず、このままの関係で終われる。
このままの関係が続けられる。
なのに、ちっとも消えてくれそうにない。
以前見た動物番組を思い出していた。毒の生き物の特集だった。
毒には、即効性と遅効性があるそうだ。
オレを苦しめるコレはゆっくりじわじわと苦しめる。遅効性の毒のようだ。
毒は甘いと聞いた事がある。甘いからもっとと求めるのだろうか…。
ゆっくりじわじわと蝕んでいく。
あの雪のように徐々に黒くなって…。塗りつぶされるように浸透していくのだ。
彼を憧れの対象から変化したのはいつだっただろうか。
派手な音と共に流れ出る光を眺めながら、ぼんやり思い出す。
夕暮れの帰り道。
見知った背中を見かけて、声を掛けようと思ったその横に、知らない人影を見て、心臓が跳ねた。跳ねて、湧き上がるドス黒い感情に慄いた。
『そこはオレの場所だ』
唐突に浮かぶ言葉。
違う!
即座に否定する。
彼女の場所は彼女のであって、オレの場所にはなり得ない。
オレのは、幼なじみのポジション。ただ、それだけ…。
自分はあの場所に立てない事実に気づいて、その場に立ち尽くした。
悔しさに胸が締め付けられた。
悔しさ?
嫉妬?
自分の気持ちの湧き上がりについていけない。
分からない感情の渦に思考が止まった。
彼の彼女を見る優しい横顔を夕闇が塗りつぶしていく。
オレは、その時、彼が好きだと思った。
あの日、赤く滲む視界を何度も拭いながら、とぼとぼと帰った。
あの日から、否、その以前から、この気持ちは育っていた。
ゆっくり、ゆっくり…と。
一滴の毒が波紋を広げるように、オレにポタポタと注がれ、広がり、根を張るように育っていた…。
火が出なくなった花火を雪に刺す。
幾つも棒が刺さっていた。
オレの恋心と一緒。
育った根を一本ずつ、ブツ、ブツ、切っていくように潰していく日々。
刺さる棒のように、オレは育つ気持ちを刺して、切った。
「俺の高校に進学したんだったな。遅くなったけど、おめでとう。…そっか…後輩か。学校の方は変わりない?」
オレが喋らないものだから、彼が明るい口調で話しかけてくれる。
「頑張ったんだ。褒めてよ」
花火を見ながら話す。
実際ギリギリだった。何度も先生からはランクを下げる事を提案されたが、どうしても彼と一緒のところに行きたかった。
伸びてきた手が一瞬止まって、オレの頭に乗った。ぐりぐり撫でられた。
「よくやったな。おめでとう」
オレは、相槌を打ち、ポツポツと返答する。
頭に置かれた彼の手は大きくて温かくて…男の人の手だった。
じわじわと毒のように蝕むこの気持ちはもう全身に回ってて、苦しくて…。
「卒業してすぐに何か変わる訳ないじゃん」
「そういえば、そうだな」
笑ってる。
離れる手に寂しさが募る。
新しい花火に火をつけてる。
ぐるぐる回して、スマホで写真か何か撮っていた。
向こうの誰かに送るのだろうか。
向こうで、彼の隣に立つ人が出来たのだろうか。
あの彼女はいつの間にか見なくなっていた。
消えた事に嬉しくなってた自分がいた。
そういう自分は嫌いだ。
だから、頭の中で殴り倒した。
離れてしまえば、忘れられる。
だから、海外に進学してくれたのは好都合だとも思った。
だけど、気持ちとか整理出来ると思った半年は、悪化を進行させるのに充分な時間だったようだ。
時間は解決してくれない。ちっとも小さくも消えもしてくれなかった。
「あれ? もう無いよ」
大きな袋に入ってた花火は線香花火を残して終わってしまったようだ。
雪に刺さった残骸と辺りに立ち込める火薬の煙い臭いが終わりを告げていた。
「線香花火が残ってるよ」
「お、懐かしいな」
線香花火は小さい頃から一緒にした思い出の花火だ。よくどっちが長く出来るか競争したものだ。
「オレ、長く出来るようになったよ」
「練習したのか? 年長の経験を甘く見るなよ」
腕まくりしてやる気だ。
そんな彼が、可愛く見えてしまった。
昔みたいに年上のお兄さんじゃなくて、ひとりの人として近く感じていた。
不思議だ。
年齢を重ねていくと、あれだけ埋められないと思っていた年の差が少しずつ感じなくなってくる。
そんな事は無いはずなのに…。
「負けないよ」
しゃがみ込んで、肩を寄せ合って、じっと火球を見つめる。
コレが落ちたら、彼は帰る。
冬休みが終わる頃に海の向こうに行ってしまう。
また会いたい…。
「また花火しよう?」
「ん? そうだな。またしようか」
会えるように、この気持ちは、蓋をして、鍵を掛けてしまおう。
「今度は打ち上げ花火用意するよ」
「いいな。河原とかでした方がいいかな」
「夏だったら、結構そこでやってるよ」
「そうなんだ」
「最近小さな子が増えたからね」
最近近くに住宅が増えた。それに伴って小さな子供も増えて、道路や公園は賑やかだ。
「そうなんだ。今度帰ってきたら浦島になってそうだな」
笑ってる彼の横顔をやっと見れた。
あの時の彼女はこの顔を見てたのだろうか。
ちょっと寂しそうに見えた。
「オレは変わらないよ」
「そうか」
人は変わる。
変わるのに、オレはなんでこんな事を言ったんだろう…。この時は自分から出た言葉に不思議に思った。
その言葉を彼はまた肯定した。
少し寂しそうに感じた顔もすぐに明るくなった。
「また会いに来るよ」
「うん、またね」
この顔を見る為にもオレは変わらず、幼なじみでいたい…。
最後の火球が落ちた。
白い雪に黒い点がついた。
横の影が立ち上がる。
オレも散らばった線香花火の残骸をまとめて、ゆっくり立ち上がる。
ググーッと伸びをしてる彼。
「関節固まった。やっぱ寒いな」
吐く息が白い。
手を息で温めている。
花火が消えてしまうと更に寒くなった気がする。
「楽しかったよ」
彼は笑ってた。
真っ直ぐ目を見てくれていた。
オレはこの笑顔が好きだと思った。
見上げていた顔がほぼ変わらない高さになりつつあるのを感じた。
「うん、オレも。して良かった」
鼻のツンとする。目の周りがじわっと熱くなってくる。
鼻が痛いのは、寒いから……。
「誘ってくれてありがとう。おばさんたちにもよろしく。ーーーじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
笑顔で返す。
眠るには早い時間だけど、そう言って彼は手をふりふり来た道を帰って行った。
チラリと白い物が視界を過ぎる。
雪だ。
頬についた雪はすぐに水になった。
途中でやんでた粉雪が再びちらつき出した。
黒い影が冬の夜に消えてしまうまでじっとその場で見送った。
歪む視界。瞬きすれば、つーっと流れ、頬が冷えた。
コレは雪だ…。
オレの恋心もこの花火と一緒に捨ててしまおう。
次の年、彼は帰って来なかった。
手紙が届いた。
彼は向こうで忙しいようだ。
でも、繋がりは切れてない。切りたくない。
オレは些細な出来事を手紙にしたためては、ポストに入れる。
カタンと鳴る音。
これを何度聞けば、会えるのだろうか…。
見上げれば曇天。
今日は雪が降りそうだ。
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線香花火の火球が雪に落ちる時、始まるのか、終わるのか。
次話、相手(年上の幼馴染み視点)のお話でした。ハッピーエンドへ向かうんですが、カクヨムではちょっと合わないようなので、公開はやめました。
火球が雪に落ちる時、始まるのか、終わるのか。 アキノナツ @akinonatu
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