言いたいことを言えるように

雨足怜

日和るな、僕!

 自分の一番古い記憶は何か。

 そう問われて真っ先に思い浮かぶのは、保育園年少の頃の出来事だ。

 それはまさしく僕という人間の原体験として、この身に、心に、魂に刻まれている。

 その日は12月29日。年末最後の保育園の開校日であるその日は、保護者を相手とする発表会の場だった。

 小さな子どもはもちろん、年上の年中、年長の子たちが劇をやったり合唱をしたりする中で、僕たち年少クラスの発表は「将来の夢を語る」だ。

 当時の保護者あての手紙を引っ張り出して知ったのだが、当時年少クラスの担任をしていた保育士が、子どもの頃から夢を語り、あるいは夢を探すということを習慣づけさせることで、将来何がしたいかわからなくて困る子どもをなくそうと真剣に考えていたらしい。

 なんでもその先生は高校卒業時にやりたいことがなく、なんとなく入った大学生生活を四年間無為に過ごして就活。なんとなく入った職場はブラックで退職し、途方に暮れていた時にいとこの娘を預かり、これだ、と電撃が背中を走ったらしい。そうして保育士を目指した彼女は、けれど自分がどれだけの時間を無駄にしていたかを知ってひどく嘆いたとか。

 それはさておき、確かに将来の夢の発表は子どもにとっての一大イベント。母親が見に来るということもあって、僕もまた必死に無い知恵を絞って夢について考えた。

 この時点で突っ込みを入れたいところだ。僕が探していたのは、自分がなりたい夢ではなく、みんなに面白いと思ってもらえる夢だったのだから。

 何を言ったら受けるか――それを保育園年少で考えていた当たり、自分は芸人のセンスがあると言わざるを得ない。もっとも、その経験が通じて芸人になったわけでもないし、大したことではないのかもしれないが。

 それはさておき、僕は真剣に考え、情報収集に励み、そうしてとうとう自分が将来やりたい仕事を見つけた。

 蒸気機関車の石炭をスコップですくって運ぶ仕事がしたい。

 それが、僕の見つけた仕事だった。

 ……言い訳をさせてほしい。当時まだ幼い僕の情報収集能力などたかが知れていて、できるのは絵本やアニメを見ること、あるいは両親に話を聞くこと。だが、そろって教員である両親からは有用な情報は得られず、僕はアニメを見ながら気づいたのだ。

 そう、子ども大好き青い機関車のアニメだ。

 その石炭をくべるシーン(があったのだと思うが、今となっては定かではない)を見て、僕は夢を見つけた。

 それを語れば、母親は何とも微妙な笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。

 これはいける!と当時の芸人気質の僕は判断し、そうしてXデーを迎えた。

 12月29日。多くの保護者が集まった発表会、年少クラスは最後の発表グループだった。幼児クラスが最初、次に年中、年長クラスの順番。年長クラスがトリを担えばいいだろうに、何を考えたのか幼少クラスが最後!そして僕の発表はその最後。

 つまり年少クラスの締めであり、そして発表会の締めを担うという大役に選ばれてしまったわけだ。

 当時の僕は何を思ったか?決まっている。最後に会場をわっと湧かせよう、だ。

 果たして、年中クラスの発表が終わって、僕たちの番が回ってきた。

 みんなが一人ずつ舞台になって「○○になりたいです!」と声を大にして告げる。そのたびに拍手が巻き起こり、友人たちは誇らしげに壇から降りていく。

 そんな中、僕はただ一人愕然としていた。

 蒸気機関車の石炭を火に投げこむ人など、まったく面白くないのではないかと思ったから?いいや、そうではない。

 この期に及んで、僕はひどく浮くことを恐れていた。周囲とは違うことを、友人たちと全く異なることを恐れていた。

 皆と違う――それはなぜだか、当時の僕にとってはこの世の終わりと呼ぶにふさわしいものに思えた。

 皆が発表をする。お花屋さんになりたい。ケーキ屋さんになりたい。戦隊レンジャーになりたい。○○ライダーになりたい――

 僕は慌てた。それはもう慌てふためいた。

 何とかしてみなに埋没しなければならない。ではどうするか?決まっている、すでに誰かが言った夢を踏襲すればいい。

 果たして僕の番がやってきて、当時予定していた勇み足から一転、うつむきがちにとぼとぼと壇上に登った。

 顔を上げればたくさんの人。もうその瞬間に、蒸気機関車なんていう難しい言葉はどこかに吹き飛んだ。

 それで僕は大きく息を吸って叫んだのだ。

「僕は○○レンジャーのブラックになりたいです!」

 と。

 そんなことは少しも思っていなかった。そもそも、当時の僕は○○レンジャーだとか○○ライダーだとか、そうしたものに少しも興味がなかった。

 まあそれはいい。問題だったのは、大トリだった僕に、保育士の一人が叫んだことだった。

「ユウマくん、ポーズをとって!」

 なんて無茶ぶり。そんなこと聞いていない。

 僕の頭は真っ白になった。何しろなりたいと告げたレンジャーなどテレビで見たこともない。当然ポーズなんて知らない。そうしている間に時間は過ぎていき、僕のポーズを待つ人たちからじりじりと力を感じた。

 そうして、僕は決断した。

 ガバリと手を挙げて、ポーズを決める。

 どんなポーズか?写真が残っていたよ。半身に構え、片手を前に、もう片手を頭の横あたり。それぞれパーにしていた。掛け声は「○○レンジャー、参上!」より「よよい!」なんていう感じがふさわしいだろうか。

 そう、僕は歌舞伎役者のごときポーズをして見せた。

 当然、その戦隊レンジャーのことを知っている子どもたちはぽかんとしていた。ただ、よくわかっていない保護者の拍手喝采を浴びながら、僕は壇上を後にした。

「ユウマ、あれぜんぜんちがうじゃん」

「○○レンジャーといえばこうだよ。へ~ん、しん!」

 何やらシュタ、とポーズを決めて見せる友人たち。キレッキレ。当然、僕の威嚇じみたポーズとは全く違う、それこそが本物のポーズ。

 そんな友人たちを見ながら、僕はただただ恥ずかしかった。

 どうしてあの時、蒸気機関車の石炭をくべる人になりたいと言えなかったのか、激しく公開した。

 それが僕の原体験。

 以来、僕は決めているのだ。

 言いたいことを言えるようになろう、言いたいことを言える人間であろう、と。

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