40.古参のファンですので!


 慌ただしい日々が過ぎ去って。


 秋も半ばのある夜のこと。

 アイルを第三王子としてお披露目するパーティーが王城で開かれることになった。


 ホールには煌びやかな格好の人々が集まっている。復活祭の時よりも何だか若い女性が多いように感じた。

 私はいつも通り、侍女の地味な格好でお仕事だ。仕事の内容自体は慣れたものだけれど、今日だけは華やかな令嬢たちの姿が羨ましかった。

 というのも……。


「アイル様。わたくしと踊ってはいただけませんか」


 またこれだ!

 近くのテーブルで食器を片付けながら、私の胸はきりきりと痛んでいた。

 さっきからなぜかアイルに声をかける淑女が後を絶たないのだ。


 コレットが私にこっそりと耳打ちする。


「アイル様、モテるみたいね」

「何で急に……。アイル様の尊さに、突然、皆が目覚めちゃったの?」

「噂によると、復活祭の場でアイル様の姿を見ていた公爵家の一族がアイル様のことを気に入ったって。娘とアイル様の婚約を望んでいるそうよ。そういう噂って広まるの早いじゃない? だから、うちも唾をつけておかないと! って感じじゃないかしら」

「何て現金な……!」


 私は密かに拳を握った。


 何それ……! にわかファンってやつ?


 でも、気持ちはわかる。わかりすぎるほどにわかる。アイル様の萌え推しポイントをもっともよく理解できているのは私だもん。日本じゃ隙あらばアイル様の素晴らしさを語って、布教活動に勤しんでいたくらいだし。


 それに今日のアイル様はまた一段と素敵なのだ。


 この日のためにあつらえたフォーマルな衣装。もともと高貴で凛とした雰囲気をまとっているから、ちゃんとした格好をすると様になる。その上、他の男性陣とは立ち振る舞いがちがうというか……武道をたしなんでいるからか、動作がきびきびとしていて華がある。


 今は14歳というところで、まだわずかに幼さが残るけれど、あと数年もすればものすごく男前に育つだろう。そう確信できる。実際、アイルと話している一部の令嬢は、政略なんて関係なしに目をハートに変えている。


 アイルはこの場の雰囲気に緊張しているのか、いつもより表情が固いみたいだけれど。それでも華やかな令嬢たちに囲まれるアイル様は、そこが本来の居場所なんだと思えた。


 何だか……急にアイル様が遠い存在になってしまった気がする。

 これ以上見ていられなくて、私は休憩時間に入ると同時に会場を後にした。


 バルコニーに出て、ほっと息を吐く。空には満天の星が輝いている。ほんの数日前にはこうして星空の下で、アイル様と並んで立っていたのに。あの時のことが遠い昔のことのようだ。


 会場の楽しげな音楽がここにまで届いてくる。静謐な夜空の下と対比されているようで、より寂しさが増した。

 と、明るい声が響く。


「どうしたの、ルイーゼ」

「ちょっと疲れちゃって。休憩していたの」


 振り返ればコレットがいる。いつもの三つ編みツインテールの姿だ。コレットは私の顔を見てニコッと笑うと、私の手をとった。

 

「ね、ルイーゼ。踊ろうよ!」

「え、私、ダンスなんかしたこと……」

「大丈夫! 私も全然わかんないけど、勘で何とかなるよ!」


 と、楽しげにステップを踏み始める。室内から聞こえてくる音楽に合わせて、体を揺らしている。始めは戸惑ったけれど、コレットに合わせて体を動かしているうちに、私も楽しくなってきた。


 だんだんと動きが派手なものに変わり、でたらめにターンして、ステップを決めて。

 顔を見合わせて、私たちは笑い合った。


「ルイーゼといると楽しいな」

「私もだよ」

「これからもずっと一緒にいようね」

「うん、もちろん」

「困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」


 と、そこでぐいっと体を引き寄せられる。至近距離で交わる眼差し。少しだけ細められて、きらりと輝いた。


「もし邪魔な奴がいるなら――私が片付けてあげる♪」


 無邪気な瞳に一瞬だけ、はしっこい光が灯った。

 背すじがゾクッとして、私は苦笑いを浮かべる。


「……えっと。犯罪にならない程度にしてね」


 コレットは楽しそうにくすくすと笑っている。


 ――願わくば、無邪気な同僚の本性が今後も日の目を見ることがありませんように。


 と、そこでコレットが無茶なターンを決めて、私は体勢を崩した。手が離れて、そのまま倒れそうになる。


「わっ」


 しかし、地面にぶつかる前に、私の体は抱きとめられた。

 ハッと顔を上げると、


「ご無事ですか、姫。……なんてね」


 茶目っ気たっぷりに片目をつむっているのはイグニスだった。

 そのままぐいっと手を引かれる。


「ルイーゼちゃん、俺とも踊ってよ」

「イグニス様! 今、ルイーゼは私と踊ってたんですよー!」

「いいじゃん。少しだけルイーゼちゃん貸してよ」

「ふふ、イグニス様……刺しますよ」

「物騒……! コレットちゃん、物騒が過ぎる」


 コレットの台詞にまたもやぞくぞくっとなって、私は咄嗟に言った。


「コレット! 少しだけだから。我慢してて」

「えー」


 と、コレットは小動物のようにほっぺを膨らませている。


 イグニスが嬉しそうに私にほほ笑みかける。そして、私の腰に手を添えて、優雅にステップを踏み出した。

 元気なコレットの踊りに比べれば、こちらはしっとりとした動作だ。

 どう合わせたらいいのかわからず戸惑う私をさりげなくフォローしてくれている。さすがはモテ男。女慣れしてる。


 ようやく足さばきに慣れてきた頃、イグニスがにこっと笑った。


「ルイーゼちゃん、今度、俺とデートしようよ」

「またそういうことを……。イグニス様は相手が女性なら誰でもいいんですか」

「えー。ルイーゼちゃんって俺のこと、どういう目で見てるの……?」

「軽薄騎士様ってところですかね」

「うわ……ショック」


 大仰な仕草でうなだれるイグニスに、私はくすくすと笑った。

 と、突然、腰を抱き寄せられる。急に距離が縮まって戸惑う私の耳元で。


「言っておくけど。俺、ルイーゼちゃんのことは本気だから」


 真剣な声がささやいた。


「……え?」


 と、私が驚いて顔を上げると。

 そこにはいつものイグニスの明るい笑顔がある。


「デートの話。ちゃんと考えておいてくれよ?」


 そこでちょうど1曲が終わり、イグニスの手が離れる。


(な……何、今の!?)


 遅れて心臓が騒ぎ出して、私は内心パニックになった。

 胸元に手を当てて、呼吸を落ち着かせていると。


「こんなところにいたのか」


 穏やかな声が割りこむ。

 そちらを見て、私は驚いた。


「アイル様!?」


 アイルが穏やかな表情で佇んでいた。


「よろしいのですか。アイル様は今回のパーティーのメインじゃありませんか」

「少し疲れたと言って、抜け出してきた。ああいう場は僕にはまだ荷が重い」


 それに、とアイルは悪戯っぽく笑う。


「代わりにレオンを盾にしてきたから大丈夫だろう」

『あー』


 私たちは納得の声を上げる。

 目に浮かぶようだ。レオンが令嬢たちに追い回されている姿。そして、ちょっとだけ見たかった。困り切った様子のレオン。


 その様を想像してくすりと笑っていると、私の前に掌が差しだされる。


「……僕とも踊ってもらえないだろうか」

「え、でも……」


 驚いて私は目をぱちくりさせた。


 いいのだろうか。

 逡巡したのは一瞬のこと。


 いや、いいに決まってる! ここで断る方が失礼だ。と、思い直して、私はその手をとった。


「喜んで」


 曲調はしっとりとしたものに変わっている。

 コレットのような激しさはなく、イグニスのように慣れた様子もないけれど。


 まるでお互いの波長がぴたりと合っているかのように、アイル様とのダンスは心地よかった。


 何より、顔を見合わせるとアイル様がにこりとほほ笑んでくれる。柔らかで、甘くて、穏やかなほほ笑み。それを間近に見るだけで私はもう夢見心地だ。

 永遠にこうしていたいと思うほどだった。


 曲が終盤に差しかかると、アイルが静かに口を開く。


「……ありがとう」

「え……」

「礼を言わなくては、と思っていたんだ。君のおかげで僕はこんなに変わることができた」

「そんな。私は何もしていませんよ。フランツ様から私を助けてくれたことも、魔人族を倒したことも。全部、アイル様がされたことじゃありませんか」

「君がいてくれたから。僕は何かを諦めることをやめた。勇気を持つことができた」


 アイルがステップをやめ、私の両手を持ったまま、じっとこちらを見つめている。

 気が付けば曲が止んでいた。音楽が鳴りやんだことにすら気付かないくらいに、私は目の前の少年の笑顔に魅入ってしまっていた。


 私の手をぎゅっと握りしめたまま、アイルは告げる。


「ルイーゼ。君は僕の『推し』なんだ」


 その瞬間、全身の血が一斉に顔に押し寄せて。アイル以外のすべてが視界から消え去って。自分の心臓の音以外、何も聞こえなくなった。


(え……っ)


 熱い。全身が、特にアイルに握られた両手が燃えるように熱い。

 コレットが私の名前を何度も呼んでいたのに、それすらも今の私の耳には入らなかった。


 私は呆然と立ちすくんで、目の前の笑顔を見つめ続ける。


 二次元上にしか存在しなかった、私の推し。

 『フェアリーシーカー』に登場するキャラクター。第三王子アイル・レグシール様。


 ゲームの気難しそうな表情とはまるでちがう、とろけきった笑顔で、彼は私のことを見つめているのだった。




終わり



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転生侍女は、推しを死なせたくない 村沢黒音 @kurone629

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