39.女神スフェラの策略


 ヒト族をこの世に創造した女神"スフェラ"。

 魔人族をこの世に創造した神"ヴィリロス"。


 2柱の神々はある時、戯れにより、「どちらがより優れた神であるかを決める」というゲームを始める。

 その内容は、『お互いが作り出した種族を競い合わせ、地上に生き残った陣営の勝ち』というものだった。


 神々はヒト族と魔人族を争わせるために様々な策を講じた。


 スフェラは魔人族が「悪」であるとヒト族をそそのかした。

 一方、ヴィリロスは魔人族の王を洗脳し、ヒト族の領地に攻め入った。


 神々による戦いは数千年の時に及び、決着はつかなかった。




 そのため、女神スフェラはある一計を講じた――。




 + + +



「俺が最初に勇者たちと旅をしていた時のことだ。妖精を集め、女神を復活させることに成功した。だが、女神は復活した後で、『浄化』を行った。それによって、俺たち以外の人間は皆、滅んだ」

「え……。どういうこと? 『浄化』って何?」

「女神は禁術を放ち、その魔法の効果で世界を焼き尽くしたんだ。聖剣の加護が働いて、勇者とそばにいた数人の仲間のみが助かった。しかし、それ以外は何も残らなかった。人も魔人族も動物も植物も、すべてが滅んだ」

「女神がそんなことをしたの……? 何のために?」

「勇者と数人の人間が生き残るから――つまり、女神陣営の駒が残ったから、ゲームは女神の勝ちということだろう」

「そんなむちゃくちゃな!」


 私は思わず叫んでいた。


 そんな無茶な話がある!? 子供が勝てないゲームに喚き散らして、ボードごとひっくり返すようなものじゃん! それが神様のやることなの!?


「全滅エンド……究極のバッドエンドってわけね」


 私の言葉をレオンは理解できなかったようで、眉をひそめている。が、構わずに話を先に進めた。


「『浄化』を発動させる鍵となるのが、アイルとゼナだ」

「アイル様と……メインヒロインのゼナちゃん?」

「女神はヒト族の3つの王家の血を生贄に捧げることで、禁術を放つことができる」

「そうか。アイル様は人間と獣人の王家の血を引いている。そして、もう1人のゼナは竜人の国のお姫様」


 ゲームのメインヒロインであるゼナちゃん。

 彼女は竜人の国の姫君なのだ。アイルとゼナが2人そろえば、3つの王家の血という制限はクリアできることになる。


「浄化は何としてでも食い止めないといけない。そのために俺は何度もやり直した。だが、何をしても駄目だったんだ。浄化を止めることはできなかった……。浄化を止めるには……アイルかゼナを殺すしかない。そう結論づけた。今回はそれを実行するつもりだ」


 レオンの言葉に、私の胸は痛いほどにしめつけられた。


「何で決めつけるの……。誰も犠牲にせずに助かる方法があるかもしれないのに」

「そんな方法はないんだ。どこかを犠牲にしなければ、他を救うことはできない」

「ふざけないで!」


 レオンの口調は淡々としている。もう決まりきったことを話す時の口調だ。

 そのことが私の心に火をつけた。


「あなたに殺されることになるアイルは……そして、その現場を目撃することになるユークたちが、どんな気持ちになるか。それを考えたことがある!?」

「仕方がないと言っているだろう! 俺だってこんな方法はとりたくなかった! だが、ないんだ! どこにも! 皆を救う方法なんて……なかったんだ!」

「だから、諦めるの!?」

「黙れ!」


 レオンは叫んだ。それは悲痛な響きのこもった声だった。


「お前に何がわかる!? 何度やり直しても……どんな選択肢を選んでも、最悪な結末にしかならない! 目の前でゼナとアイルが死んで、世界は滅ぶ……! どうすればいい? これ以上、俺に何ができる……!?」

「……ずっと、1人で戦ってきたんだね。あなたが今までどれだけつらい思いをしたのか、わからない。でも……」


 私はレオンが握っていた拳に触れて、その指をそっと開く。

 掌には血がにじむほどに爪の痕がついていた。


「こんなに傷を作るくらいに、あなたが本当はアイルを殺したくないんだってことはわかる」


 レオンはハッとして、私の手を振り払った。気まずそうに視線を逸らして、黙りこんでしまう。


「ねえ。1つだけ教えて。今まであなたが経験した世界で、コレットが味方になってくれて、アイルが第三王子として皆に認められるという展開はあったの?」

「……ない」

「だったら、まだあなたが知らない未来がきっとある」


 私の台詞でまたゆっくりとレオンがこちらに向き直った。


「さっき、『あなた目的は何?』って聞いた時に。あなたは『皆を救うことだ』って答えたよね? それがあなたの本当の目的なんでしょう? 皆って言うからには、ユークも、ゼナも、アイルも……そして、あなた自身も。皆が無事に助かって、笑い合うことができる、そんな未来を目指さなきゃ」


 レオンは黙ったまま、私をじっと見つめる。

 重い沈黙が流れた後で、


「……お前の存在は異端だ。こんな世界、初めてだ。お前が現れてから……俺の知らなかった展開が次々と起こる。初めはお前のことを敵だと疑った。だが……こうして、俺の知っていることを正直に話したのは……お前がいれば、俺の叶わなかった未来を実現させることができるんじゃないかと。そう思えたからなんだ」

「私、どうしてこの世界に生まれ変わったのか、今、理由がわかった気がする」


 ゲームのストーリーは、レオンがアイルを殺す世界線だった。

 でも、それが正史なんてあんまりだと思う。レオンも、アイルも、それに主人公のユークだって。誰1人として救われない。世界の滅亡はまぬがれたとしても、必ず皆の心に大きな傷が残る。


 そんなの、全然ハッピーエンドじゃない!


「『フェアリーシーカー』のストーリーはきっと不完全なんだ。だから、私とあなたの力を合わせて、本当の未来を……ハッピーエンドを作るの! ねえ、レオン。諦めるのはまだ早いよ。一緒にやってみよう」


 私はレオンに手を差し出した。

 レオンは複雑そうな表情でその手を見返す。


 そして、


「……やれるだけのことをやると約束しよう」


 その手をそっと握り返してくれた。触れ合った体温は一瞬だけ。すぐに離れていった。

 レオンはつらそうに視線を逸らす。


「だが……もし他に方法がなかった場合……俺はアイルを殺す」

「うん、わかってる」


 そんなことは絶対にさせない。

 私は心の中でそう決意していた。


 アイル様のためにも。そして、レオンのためにも。


 そんな悲しい未来は絶対に阻止しなきゃならない。


 だから。


 ――私はその運命に、最後まで抗ってみせるよ。

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