かくれんぼ

志賀恒星

第1話 夢と現実

「どうしたの? うなされてたみたいだけど」

 本村由梨が心配そうに顔を覗き込んだ。

「最近同じような夢ばかりみるんだよな」

 坂上健二は呟くとハッと我に帰ったように黙り込む。時計を見ると、まだ朝の6時過ぎだった。

 由梨と同棲を始めて二ヶ月。何故か最近子供のころの夢を見るようになった。由梨との同棲がきっかけになったのか、

「夢がどうかしたの?」

 いや、なんでもないよ。と曖昧に口を紡ぐ。

「ふーん」

 納得しかねるといった表情で由梨も頷く。

「ねえ、まさか昔の彼女の夢なんかじゃないでしょうね?」

「まさか」と言おうとして、言葉に詰まる。昔の彼女?

「話してみなさいよ。出勤までにはまだ時間あるでしょ」


「たぶん、昔住んでいたところだと思うんだけど。家の近くに大きな古墳があって、確か、御陵(ごりょう)って呼んでたな。」

 健二は思い出すようにゆっくりと話し始めた。

 御陵は仁徳天皇陵と同じ前方後円墳と呼ばれるもので、周りには水を張った堀が掘られていて簡単には近づけないようになっていた。

 堀には一箇所だけ細い道があった。道の両端には鉄条網で覆われた扉があり、無断立ち入り禁止の札がはってあった。

 だが、好奇心旺盛の子どもにとって、そんなものは障害にならなかった。扉の端に、小さな子どもであれば忍び込めるほどの穴が開いていて、見つかれば怒られるに決まっているので、2、3人でこっそりと忍びこんだものだ。


「夢の中でも友達と2人で御陵に忍び込んだんだ。相手はたぶん女の子だったと思う。」

「やっぱり女の子じゃない」由梨が笑いながら言う。

「それが、全く覚えてないんだ。顔も名前も。だいたい、当時は悪ガキどもと遊ぶのに夢中で、女の子と遊んだことなんて一度もなかった筈なんだ」

 健二は本気で困惑していた。

「知らない場所の夢をみるなんて普通でしょ。」

「そうなんだけど、何か普通の夢ではないんだよな。知らない場所、景色なんかは夢に出てくることはあっても、全く知らない人が出てくるのは始めてだよ。それも何度も」

「で、二人で何をしたの? 人に言えないようなことかな?」

「それが、…かくれんぼ」

「かくれんぼ?」



「怖い」

 彼女がぼそっと呟く。

 御陵の中は、手入れがされていない木々が茂り、雑草が蔓延り、深い山に入ったような心許なさがあったが、木々の向こうには住宅が見え、近くの道路を走る車の音も聞こえる。

「何度も来たことがあるし、大丈夫だよ。でもここに入ったことは二人だけの秘密だよ」

 そう言うと、彼女の手を繋いで、更に奥に入る。

 雑草を分け入って少し進むと比較的拓けた場所に出る。丸い広場のような場所で、円の中心には大きな岩が置いてあった。

「そうだ、かくれんぼしようか?」

「えっ、こんな場所で?」

「じゃあ、僕が最初鬼になるから、〇〇ちゃん隠れてよ。遠くに行ったらダメだよ。木の影に隠れたらなかなか見つからないものだからね。近くで十分だよ」



「それで、彼女が隠れて僕が探すんだけど、見つからないんだ。木々の中も、細い通路のところも、鉄条網で覆われた扉も入った時のまんまで、要するに彼女が消えたんだよ」

「夢、の話だよね? それとも実際にあったこと?」

「夢に決まってるだろう」

「夢ならいいじゃん」

「でも、同じ夢を何回もみるんだよ。なんか気持ち悪くって」

「うーん、そんなに気になるなら当時の新聞を調べてみる? 図書館に行けば調べられると思うわ」


 その日、由美には内緒で午後休をとり、以前住んでた家の近くの図書館に出かけた。由美はバイトの都合で、帰りは夜になるみたいだった。

 御陵で遊んでいた当時の年代にあたりをつけ、新聞の縮小版を探す。

 小学校3年生当時の新聞を調べていたところ、目を疑うような記事を見つけた。


”〇〇古墳で小学生の変死体が見つかる。行方不明で捜索中の本村由梨さんの遺体か”


 偶然にしては出来過ぎている。でもどういうことなのか?

 部屋に帰り、現実の本村由梨の帰りを待つ。

 現実の?

 この2ヶ月一緒に暮らしたはずの由梨の痕跡が部屋のどこにも見当たらない。服も下着も歯ブラシも、最初から存在しなかったかのように。

 その時、ドアのチャイムが鳴った。

「誰?」

 声が少し震えた。

「由梨です」

 ドア越に聞こえる由梨の声は、幼い少女の声のようだった。

「本当に、本物の本村由梨?」

「ハイ、ようやく見つけてくれたんですね」


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