瓶詰め目玉

狗 戌亥

瓶詰め目玉【読切】

ここにS雑誌の本社がある。

そこは雑誌に小説を載せてもらいたい人々が、実際に書いたものを持ち込むことが多く、編集長はそれに悩まされていた。今日も今日とて知らない人間が書いた無名の駄作を読まなければならない。そう思うと頭痛がひどくなった気がした。

おおかた、読み終わったところだろうか。社員がもう1つ茶封筒を取り出し乱雑に机の上に放った。それに怒る気力なんて湧かないから、無視を決める。そうやっているせいか社員には舐められっぱなしだ。休憩目的でスマートフォンを取り出す。ニュースアプリを開くと大々的に「目玉がくり抜かれた遺体」の文字が飛び込んできた。気が悪い。吐き気を催す。休憩なんてできず__逆に頭痛が悪化したような気も__スマートフォンを閉じ、目の前の茶封筒を開封した。中はA4サイズの紙が数枚入っており、1枚目は『弔慰』とし書かれておらず、編集長はなんて不気味なものに手を出したのだろうと不快感を覚えた。




以後の文章が茶封筒の中身である。





弔慰


私は佐藤雑誌の一コマを手に入れたく思います。幼い頃から自らの物語を人様に読んでもらい、あわよくば、何かしらの賞を欲しておりました。ここまで見ればごく一般の人間ですが、私には秘密があります。その秘密をここに記し、そして共有をするつもりです。なかなか不思議な出来事だと思いますが、どうかこのまま、読む手を止めず私の真髄のその中心へと迫ってきて欲しいのです。長い前置きとなりましたが、幼い頃の私にはもう1つ夢がございました。父が医者で、母は研究員。親の愛らしい愛に触れることなく育ったからでしょうか、はたまた仕事部屋を覗いてしまったからでしょうか、おそらく両方の要因で、この不気味な夢を膨らませてしまったのです。目です。父は眼科医で、よく人の目を見ているので、私にも目に関係する話をよく話していました。いつだったか、生きた目のホルマリン漬けを見せてもらったことがありました。幼い私にはショッキングなものでしたので、今も脳裏に焼きついております。ですが成長して大人になった今、その目がどれほど美しく不気味で神秘的なものかを知ったのです。気付いたのはつい最近で、夜、夢に見たのです。あの日見た目を。薄い翡翠の色を帯びた目でした。その夜以降翡翠の目が何をしていても意識の側にチラつくのです。思いは溢れかえり、仕事は辞め、家事も勉学も手につかず、挙げ句の果てに食事すら忘れる始末。そんな状態の私は、ああこれこそ廃人、何かに陶酔するとはこのザマか、そう思ったのです。そして思いは奇跡を引き寄せました。数日前、コンビニに立ち寄った時のお話です。その日の夜は寒く、鋭い夜でした。首元を包む冷気がそのまま頭と身体を切り離すような、不思議な感覚を持ちながら、コンビニへと入った時、すれ違った女性がいたのです。チラリと目をやると、嗚呼神様、目の前にいたのは神様なのです。翡翠ではありませんが、黒地に薄く黄色を纏った目をしているではありませんか。私は思わず立ち止まり、甘い香水の香りに振り返り、その女の手首を掴んでしまったのです。怯えたような驚いたような目がこちらを見つめておりました。嗚呼、なんてお美しい目なのだろう。感嘆のため息が聞こえてしまっていたのか、女はおどおどと話しかけてきまして、私はそれに言葉で答えず、強く抱きしめ答えました。女が悲鳴をあげるや否や、私は手首を強く掴み走り出しまして、なんてったって、夜も更けた頃ですから人一人いないと思っていたのです。女の目を私は独り占めしたいと。その想いが私を突き動かすのです。やがて自宅へ連れ込み、女を振り返れば、目が潤んでいました。その目も美しい。私は初めてこの世に生まれたことを感謝しました。そして私は“作業”に取り掛かります。まず眠り薬で眠らせ__1番手こずったのはここでした__麻酔を打ち、アイスクリームを掬うような動きで器具を動かし、透明な瓶いっぱいに濃度40%のホルムアルデヒドを淹れ、そこに器具の中身を移しました。女は途中で麻酔が切れたのか叫び煩く、仕方がないので声帯を刻んで仕舞いました。女はその後家裏の林に埋め、自宅には黄金色を帯びた眼球だけが残りました。ほら、今朝目がない遺体が発見されたでしょう?あれは私の所為なのです。とは言いますが捕まろうと生き延びようと私は構いませんので、罪悪感もないですし、逆に言えばあの素晴らしい女に出会わせてくださったことに感激を覚えてすらいるのです。おかしいですか?私、狂ってますか?いいえ、これが普通なのです。人によって普通など変わるので、その人が普通だと言えば、普通なのです。話は一変。今から、貴方様に瓶詰め目玉を差し上げます。一度この紙束から目をあげ机の上を見てみてくださいな。机の上に1つ瓶が置いてあるでしょう、流石に透明色ではいけなかったので、色付き瓶をご用意しました。さ、上から覗いてみてください。それが私と貴方様の関係の証です。ああ、瓶詰め目玉はそのまま机の上に置いといてくださいますと嬉しいです。ちゃんと回収しますから。






編集長は最初職場にある自分のスペースでそれを読んでいた。しかし内容の不気味さが増すにつれて、壁を背にして読んだり音楽を聴きながら読んだりとどんどんリラックスできる方へと流れていって、最終的にはスペースを離れトイレの個室で読んでいたのだ。机の上に例のものがあると知ったが良いものの覗く勇気がない。トイレを出る際鏡を見ると顔面蒼白の自分が立っていた。机、職場の自分のスペースに戻る。すると本当に色付きの小瓶が置いてあった。手に取るとそれは軽く、軽く?編集長が違和感を覚えたのはそこで、本当にホルマリン漬けの液体が用いられるなら小瓶は重いはずだ。おそるおそる中を覗き込む。するとそ「ああ、編集長!」いきなり声をかけられ漫画のように肩を飛び上がらせ驚く。反射神経で声の方を向くと最近入社した社員が立っていた。目のあたりに眼帯がある。「いかがでした?俺の作品」どういうことだろう。先ほどの不気味な文章は彼が書いたのか?しかし、何故?そんな問いが頭を回っている。忘れかけていた頭痛を思い出し、そして、吐き気もセットでついてきた。「俺、小説家になるのが夢だったんです。どうしても作品を読んで欲しくて…」そう言い新入社員は笑った。


















後日彼はクビになった。

理由は簡単、中身は腐りかけの眼球が入っていたからだ。


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