可愛いものが好きで女装していたらカッコいい人と仲良くなった
ユリノェ
可愛いものが好きで女装していたらカッコいい人と仲良くなった
「わぁ~! このパンケーキすっごくおいしいです!」
山盛りクリームがそびえ立ち、カラフルなフルーツやソースで彩られたパンケーキ。めちゃくちゃ甘い。だけどおいしい。いかにも”映え”が好きな女の子たちが好みそうなスイーツだ。
「ずっと来てみたかったんですよね、ここ」
「良かったっすね」
目の前でクールに淡々と、しかしそっけないわけでもない返事をしてくれるこの人は、
ちょっと前に知り合ってから、一緒に出かけるようになった。というか、主にこちらの行きたい所に付き合ってもらっている感じだ。それでも結構、仲良くなれてきたのではないかと思う。
しかし、僕には大和さんに秘密にしていることがある。
出会いのきっかけは、落とし物を拾ってもらったことだった。ゆめかわいい色をしたパンダのファンシーキャラ、ゆめぱんちゃんのキーホルダー。それを拾ってくれた時、自分もこのキャラが好きだと話してくれて、嬉しくなってもっと話したくなった。
それに思ったのだ。男だけど可愛いものが好きなことを全然隠さず堂々としている、そんな彼の姿に憧れを抱いた。僕とは対照的だったからだ。それに背も高くて、キリッとした目つきで、襟足を刈り上げた髪型もよく似合っていて、男から見ても憧れる人だなぁと思う。
僕は恥ずかしくて人には言えそうにないが、可愛いものが好きだった。キャラクター以外にも、スイーツだとか、洋服だとか。ジェンダーレスという概念も出てきた時代だが、まだまだ世の中ではこれらは女性向けという認識が強いと感じている。
だから僕は、女装をしている。
ただ可愛い服を着て、可愛いグッズのお店に行って、可愛いスイーツを食べに行くことを楽しんでいる。
初めての女装は、中三の終わり頃。受験のストレスで現実逃避がしたかったのも拍車をかけて、新たな扉を開いてしまった。それから高校に入学して数ヶ月の今も、この密かな趣味は続いている。
ふわふわウェーブのかかったセミロングのウィッグ、ひらひらしたワンピース。自分で言うのもなんだが、似合っていなくはないと思う。可愛いものを身に纏うと、気分が上がる。それでも不安で、最初はただ街を歩くことしかできなかった。けれど大和さんと出会ってから、色々な所へ行けるようになった。今日来ているパンケーキ屋さんもそう。
一人じゃないって心強い。
でも、後ろめたい気持ちもあった。
出会った時からずっと、僕が大和さんと会うのは女装姿でだった。優吾という名前もとっさに嘘をついて優子と名乗った。彼はきっと普通に女の子だと思って僕に接してくれているだろう。
騙しているみたいで、時々胸が痛む。
次には言おう、そう思っているうちに時間が経ってしまう。口から出るのは何気ない雑談ばかりだ。
「大和さんも甘いもの好きなんですよね?」
「好きっすね。だから自分も来れて良かったっす」
大和さんは表情があまり変わらない。テンションもいつも低め。でも楽しんでくれているらしいことは伝わってくる。
「わ、わたしも、そう言ってもらえると嬉しいです!」
ぎこちない偽装の一人称を、内心で自嘲する。
女装をするからと言って、女の子になりたいわけではない。恋愛対象が男性というわけでもない。じゃあ女の子に恋愛感情を抱いたことがあるかというと、無い……と思う。そもそも恋愛が僕にはよくわからない。
もしも大和さんが僕を女の子だと思って好きになってしまったらどうしよう、などと考えるのは自意識過剰が過ぎるだろうか。でもそういったことも一応可能性として、懸念として考えられるかもしれない。なおさら早く言わねば。打ち明けねば。
そうは思っても踏み出せない僕を尻目に、時は容赦なく過ぎゆく。
「今日もありがとうございました!」
「こちらこそ」
ここでお別れ、またしても。本当に、このままでいいのか?
「あ、あの……もう少し、お話しませんか?」
勇気を振り絞った自分をひとまずは褒めたいが、不自然な誘いだっただろうか。断られたらそれまでだ、また出直して──
「いいっすよ」
「え? あ、ありがとうございます……」
あっさりと快諾されて、逆に拍子抜けしてしまった。いや、肝心なのはこれからなのだ。きちんと、打ち明けないと。
人気も少なくなった夕方の公園、ベンチにふたり腰掛ける。
「……」
静かすぎる時が流れてしまう。僕の意気地なしのせいで。そっちから誘っておいて何も喋らないなんてどういうことなんだと怒っても良いはずなのに、彼は何も言わない。沈黙をあまり気にしない人なのかもしれない。
「あ、あの……ええっと」
「はい」
「や、大和さんに、秘密にしていたことがありまして……」
「秘密、ですか」
こちらを見つめるクールな眼差しに、心臓がバクバクしてくる。膝の上でぎゅっと握りしめた拳が、ワンピースの布地に皺を作った。
「すみません、わたし……いいえ、僕は……男なんです……っ!! 名前もほんとは優子じゃなくて優吾で……」
言った。ついに言ってしまった。気持ち悪いと軽蔑されるだろうか、よくも騙したなと怒りをぶつけられるだろうか。嗚呼、なんとでも罵ってくれていい。
「そうですか」
「はい、ごめんなさい…………えっ?」
あまりにあっさりとしたリアクションに、僕は混乱しているようだった。
「怒らないんですか……?」
「なんで? 優子さん……じゃなくて、優吾さんが優吾さんなのは変わらないじゃないっすか」
「や、大和さん……! 僕のこと嫌いになりませんか……?」
なんて器の大きい人なんだ。ますます憧れてしまう。
「思ってた性別と違ったら、優吾さんは自分のこと嫌いになりますか?」
大和さんが自らを指さしながら、僕に問いかける。
「なるわけないです! ならないです! 大和さんが女の子だったとしても尊敬してるのは変わらないし一緒に遊びに行きたいし……」
「あー、自分、女っすけどね」
「…………えっ⁉」
一世一代というくらい意を決した秘密の告白もすぐに霞んでしまうくらいの衝撃だった。新たな胸のバクバクがおさまらない。大和さんが、女の子だった?
「隠してたつもりはないんすけど、すんません。誤解させちゃったみたいで」
「い、いえ……」
「大和って、苗字なんすよ。まあ下の名前も
「かっこいいです、素敵です……!」
「ども……あんま褒められたことないんで照れるっすね」
大和さんは、ちょっと俯いて頭を掻いて、珍しくはにかんだような表情を見せた。聞いた時はびっくりしたが、これで僕らの関係が悪い方向に変わってしまうなどということは一切なかった。
「これからも、一緒に遊んでくれますか?」
「もちろんすよ」
「良かったぁ……」
「自分に気は遣わず好きな格好でいいっすよ」
「はい、そうします!」
それから次に会った日、僕は女装をしていない姿を初めて大和さんに見せた。
待ち合わせの時、僕だと気づいてもらえなかったらどうしようかという不安は少しあったが、彼女はすぐに声をかけてくれた。
「気づいてもらえて良かったです……」
「わかるっすよ。その格好も良いっすね。今までのも似合ってましたけど」
「そ、そうですか……? ありがとうございますっ」
彼女の正直な感想を浴びて、照れ臭くなる。
「女装も、やめたわけじゃなくって。したい時はしようかなって、思ってます。でも、しない姿でも大和さんに会えるって思えたら気持ちが楽になれました。大和さんにはどっちの僕も認めてもらえてるんだなって」
「それは良かったっす。自分はべつに何もしてないっすけどね」
「いやいや! ありがとうございます、ほんとに。あなたがいなかったら僕はずっと一人でモヤモヤしたままでした」
「自分も優吾さんに会えて良かったっすよ。楽しいっす。自分、無愛想だからあんま友達いなくて。誰かと遊ぶのってこんなに楽しいんすね」
こんな僕も、少しは彼女の力になれたのかなと思えたら嬉しかった。
「えへへ……これからも友達でいてくれますか?」
「もちろんすよ」
あの日と似た言葉のやり取り。僕が思わず笑顔になると、大和さんも少し口元を緩ませていた。
秘密を打ち明けた先に待っていたのは、ますます楽しくかけがえのない日々だった。
可愛いものが好きで女装していたらカッコいい人と仲良くなった ユリノェ @yuribaradise
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます