結
「そうか」
僕はふぅ、と息を吐いた。
彼女がここまでした理由は、そんな理由だったか。
理解はできなかったけれど、納得はした。
そういう理由も、この世界の有り得るのだということが分かった。
「ありがとう。僕の方も疑問氷解だ。巻葉さん、君と話せてよかった」
「え、あ、うん」
「押しかけてすまなかったね、それじゃ」
僕は踵を返す。
「え、え!? ちょ、ちょっと待って!? あなたは私を捕まえに来たんじゃないの!?」
「いや…?」
最初からそのつもりはない。
彼女の両親に頼まれたので、見つけてくれとは言われたけれど、こうして見つけたのでそちらも解決だ。
「早めに家に帰ってあげなよ。ご両親が心配しているから」
「待って!」
「うん?」
「あなたは何処へ行くの!?」
「気になっていたことも解決したし、家に帰るつもりだけど…」
「ダメ!」
巻葉さんは剣鉈を構えた。
「あなたをここから帰したら、私があの子を
「今更それを気にするのかい!?」
彼女の言葉に、逆に僕が驚いてしまう。
だったら、最初から死体を山に埋めればよかった。派手にばら撒かなければよかったのに。
同級生が行方不明になっただけだって、彼女は両親に十二分に心配して貰えただろう。
「僕が何かしなくても、遅かれ早かれ君は捕まるよ」
「え…」
「僕なんかにドローンでの犯行を見抜かれたくらいなんだから。警察は組織だから動きが遅いだけで、絶対に君の元にたどり着く」
「え…え…?」
「だから、この問答をしている時間すら惜しいよ。早く痕跡を消して逃げるのをオススメする…って、これは犯罪幇助になっちゃうかな…? やっぱり今のは無し。聞き流して―――」
「うわあああああああッ!」
「うわっ!?」
剣鉈を突き出した彼女が叫びながら勢いよく走ってくる。
慌ててその突きを躱すが、退路を封じられた。
「逃しません! 愛される私の為に!」
「だから、僕を逃がそうと逃すまいと結果は変わらないって」
「信用できません!」
「信用するもしないも無いんだけどな…!」
振るわれる剣鉈をやり過ごしながら、打開策を考える。
だが、いくら考えようとも、結論は一つだ。
そんなものは、ない。
こちらは徒手空拳で、相手には武器がある。
この差は覆せない。
一瞬の隙を突かれ、ざっくりと手首付近を切られた。
思わぬ痛みに膝を折ってしまう。
「私は! まだまだみんなに愛されたいんだから!」
動きを止めた僕に、剣鉈が迫った。
「暴行の現行犯で逮捕しますッ!」
だが、その剣鉈は僕に届く前に止まった。
巻葉さんは、何者かに背後から羽交い締められ、床の上に叩きつけられた。
剣鉈は巻葉さんの手を離れ、くるくると回りながら床を滑っていく。
「こんなところで会うなんて奇遇ね、探偵さん」
「ど、どうも、橘さん」
橘さんは巻葉さんをギリギリと押さえつけながら笑顔で言った。
「どうしてここが?」
「情報収集の範囲を広げていたら、不思議な青年が娘を探してくれているっていう夫婦に会ったの。それで、もしかしたらと思って、素敵なバイクの目撃情報を追ったのよ」
「なるほど…」
橘さんの話は、全てが嘘ではないだろうが、恐らく、順序が違う。
きっと僕は、最初から泳がされていたのだ。
苦笑しているとバタバタと他の警官達もやってきて、巻葉さんは手錠をかけられ、建物の外へと運ばれていった。
数人の警官に押さえつけられ、パトカーに押し込まれる寸前まで、彼女は叫んでいた。
「どうしてよ! 私は愛されてるのに! あいつよりも、みんなに好かれてるのに!」
その答えに納得はした。
だけど、理解は出来ていない。
「馬鹿な子」
橘さんがつぶやく。
「一番愛されてるのは、私なのに」
実はみんな、心の奥底ではそう思っているのかも知れない。
自分の目だけでしか、この世界を見ることが出来ないから。
誰かにとっての青が、誰かにとっての緑かもしれないと、想像できないように。
「っと、八頭沼君、大丈夫? まずは怪我の応急手当ね。病院も手配しておくわ」
「助かります」
「それにしても、何の準備もなく殺人犯の懐に飛び込んでいくだなんて、勇気があるって言っていいものなのかしらね」
「あははは…。反省します」
傷のことだが、深く切られたと思ったけれど、意外にも浅かったようで、もう血は止まりかけていた。けれども、病院へ連れて行ってもらえるのは助かる。
助かるついでに、愛車を自宅まで運んでもらえないだろうか。この手じゃ少し、運転して帰るのは厳しそうだから。
※
こうして、鳥刻峠怪死事件は殺人事件として終結した。
センセーショナルな事件の犯人が、呪いでも祟りでもUMAでもないと分かると、メディアは途端に話題を切り替え始め、一ヶ月もすると事件のことなど忘れ去られてしまった。
どの局のニュースも、今は与党議員の汚職事件の報道を連日流している。SNSでは、今話題のVtuberの話題がトレンドに登っていた。
だが、僕の手には切られた傷跡が残っているし、先日抜糸した。
おまけに、橘さんからバイクのレッカー代の請求書が届いている。
それなりに痛い金額だった。
あの事件は終われば夢芥のように消えるものではなく、僕の中で幾ばくか尾を引く結果となった。
まったく、余計なことに首を突っ込み過ぎた。
そして、何より―――…
『八頭沼君、今度の水曜日空いてる? 私、非番なんだけど』
「いえ、結構です」
『えー!? なんでー!?』
「僕は授業ですので」
『少しくらいサボったって大丈夫よ』
「警察官の方がそれを言っちゃいますか…」
厄介な人に目をつけられてしまった。
橘さんだ。
暇があっては連絡が来るようになってしまった。
『ツレないなぁ、そんなことじゃ女の子にモテないよ!』
「はぁ、いえ、間に合ってますので…」
『なんですって!?』
「あ、そろそろ授業なので、失礼します」
『え!? あ、ちょっと―――』
毎回こうして、曖昧に返事をして何とかやり過ごす。
橘さんは優秀な刑事さんのようだけれど、正直、僕は苦手だ。
ツンとしたその香りが苦手だ。
電話越しでも、それを感じる。
それは、嫌な予感。危険の兆し。
あるいはこう表現している。血の匂い、と。
この兆しは、彼女が刑事だからこそ、騒動への入り口を示しているのだろうか。
首を突っ込めば碌なことにならない落とし穴が、また一つ僕の身近に出来てしまったようで、見えない危険に晒されているようで、僕の明日への不安は増すばかりだった。
サラサレ 鳥刻峠バラバラ怪死事件 ささがせ @sasagase
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