夕暮れが差し迫っていた。

 山の影になったその一角には、かつて工務店だったという古い家屋が建っていた。

 廃墟のようにも見えるが、入り口の傍に自転車が置かれている。誰かが建物の中にいるようだ。

 僕は嘆息して、バイクを降りた。

 そして挨拶もなしに、家屋に足を踏み入れる。

 踏み入れるとすぐに、誰かが備え付けの水道の前にいた。

 淡赤色のワンピースを着た女の子だ。

 背の丈からして、被害者の女性と同年代のように見える。

 彼女は必死に、何かを洗っていた。


「ようやく見つけたよ、巻葉まきば かおるさん」


 僕が声をかけると、巻葉さんは勢いよく振り返る。

 その手の中には、洗われたばかりの剣鉈があった。


「だ、誰!?」


 問われるが無視する。


「大型建機を使うまでもなく、痕跡を残さず遺体を枝に引っ掛ける方法はあったよ」


 よく考えずとも、梯子やクレーンなんて使わなくたって、技術の進歩した今なら便利な代物があった。


「そもそも、ずっと遺体をバラバラにした理由が疑問だったんだ。死体を晒すのが目的だったといっても、人体をあれだけ解体するのはかなりの労力のはずだ。メリット、あるいは、そうせざる得ない理由がない限りは、解体しようと思わないはずだってね」

「きゅ、急にやってきて何よ! 人を呼ぶわよ!」

「理由はあった。君は農薬散布用の大型ドローンを使ったんだね」

「…ッ!?」


 剣鉈を手にした少女は狼狽した。


「スペックを見たけど、農薬散布用の産業ドローンの最大積載重量は10kgだった。だから理屈の上では、死体を10kg以下の重量に解体できればドローンで運べる。君は、ここで被害者を解体してドローンで往復運搬したんだ」


 僕は水道の脇の扉を見た。そこはおそらく浴槽だ。

 強い血の匂いが、半開きの扉の先から漂ってくる。


「けれど、野外を飛行させる100g以上のドローンは、無人航空機としての登録が必須になる。だから君の所持している農薬散布用のドローンも所有者登録がされているんだ。君の父親の名前でね」


 ましてや、鳥刻峠周辺の人口は多くない。直ぐに登録者を絞り込めた。

 そして登録者宅を尋ねたところ、一昨日から姿を消した娘を心配する彼女の両親に話を聞くことができた。

 彼女の両親も心配だったのだろう。娘の同級生が無惨な姿で発見されたのだから。 娘にも何かあったのではないかと考えるのは当然だ。

 僕が訪ねると「娘を探して欲しいと」藁にも縋る気持ちで懇願された。


「それから僕は君を探し始めた。ドローンの飛行可能距離は分かっているから、犯行当時の気象情報と照らし合わせて、飛行ルートを逆算し、怪しい場所を全部巡った。その結果、こんな時間になっちゃったけど、何とか間に合ったみたいだね」


 全ての痕跡を消し去る前に、彼女に会えた。


「あ、あなた…誰よ!? 警察!?」

「君にどうしても聞きたいことがあって、それを教えてもらいにきた一般人だ」


 そう、僕はどうしても知りたかった。

 事件を知り、キャンプ場に押しかけてきた野次馬達と同じように。

 知りたいという欲求がゆえに、こんな場所まで足を運んでいた。


「だからどうか、君の秘密を教えて欲しい」

「な、何を…」

「どうしてこんな事をしたんだ?」


 理由が分からない。

 殺害の理由じゃない。それは重要じゃない。

 僕が知りたいのは、彼女が遺体をわざわざ解体し、ドローンで運び、ああまで分かりやすく撒いた理由だ。それが分からない。

 何故なら、それは単にリスクだから。

 話題にはなるだろう。だが、事件が露見し、警察が動き出してしまう。

 僅かな手掛かりから、いつか誰かが真実にたどり着き、彼女は逮捕されてしまうだろう。

 そうなれば破滅だ。


「そうまでして被害者の死を晒したかったのは、何故なんだ?」


 僕の問いに、彼女はよくわからないと言いたげな顔をしていたけれど、やがて破顔した。


「だって、心配されたかったんだもん」

「誰に?」

「お父さんと、お母さん。それに、クラスの友達でしょ、部活の先輩に、先生。そうよ」


 彼女は満足そうに頷いた。


「私は、皆にとって必要な人間なの。大切に思われてる存在なの。愛されてるの!」


 既にそれは証明された。

 彼女の両親は、彼女のことをとても気にかけていた。

 事件が起きてから、警察に何度も娘も行方不明だと訴えに言ったらしい。


「それを確かめたかったの」

「誰かの命を犠牲にしたとしても?」

「うん。だって」


 彼女は、歪んだ笑みを浮かべる。


「あの子に価値なんてないもの」


 だって、と彼女は続けた。

 あの子、エンコーしてるし。


 だって、と彼女は続けた。

 あの子、クスリやってるし。


 だって、と彼女は続けた。

 あの子、成績は最底辺だし。


 だって、と彼女は続けた。

 あの子、友達居ないし。


 だって、だって、だって。


「だって、私のほうが、みんなに愛されてるし!」

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