最終話 真明

 今日は仕事が休みで、しかも日曜。世間一般的な休日だ。そのため、ウヌプラスの吹き抜け広場に隣接するカフェで松田さんと、松田さんの先輩夫婦と話をしてきた。

 先輩夫婦は、今日はお子さんを親御さんに預けているらしく、育児の疲れを癒やしにこれから温泉にも行くそうだ。松田さんは運転手ポジションで呼ばれたと言われ、「今日は休みだからいいけど、どうしてなの……」と小声で言っていた。


 話が終わって解散し、スマホを見ると十五時前になっていた。ふと、目線をもう動かない からくり時計に向ける。

 ……やはり、動くはずなどない。

 ポケットから財布を出し、そこから青い蝶の飾りを取り出す。そして財布をポケットに戻した。

 目線を飾りに向ける。それは昔と変わらず澄み切った青で、光に少し照らされて綺麗だった。

 蝶の飾りをぎゅっと胸の辺りで握りしめ、もう一度からくり時計を見る。すると何故か、あの音楽が聞こえた気がした。

 もう流れることは二度とないのに。


 さあ、買い物をして帰ろう。今日は近くのスーパーのポイント一〇倍デーだから向かうとするか。そうして、パーカーには合わないだろう蝶の飾りを胸元につけた。

 何だか、付けたい気分だったから。



 ウヌプラスを出ると、目の前を通った女性がハンカチを落としてしまった。しかも、それに気付いていない。そのため、ハンカチを拾って思わず声をかけた。

「あのっ……!」

女性が振り向いてくれた。

「どうしたんですか?」

 その女性は、麦わら帽子に、羽を広げた青い蝶の飾りをつけていた。しかも、エミちゃんとそっくりな顔をしている。大きくなった姿はこんな感じなのだろうか……?背丈も伸び、目線もだいぶ近くなっている。


「ハンカチ、落とされましたよ」

 と言って女性の前に行きハンカチを手渡すと、女性はハッとしたような表情で

「すみません、ありがとうございます……!」

と、微笑んでハンカチを受け取った。

「いえ。それではこれで」 


 こう言って立ち去り、スーパーに向かう。その筈だった。


「あの、!」

 先程の女性が呼び留めたので、振り返る。

「どうかされましたか?」

こう聞くと、女性は少し恥ずかしがりながら言った。

「私あなたに会ったことがある気がするんです。あ、あの、決してナンパとかそういうものじゃないんです!

 ただ、昔助けていただいた人に似ていて……そして、初恋の人に渡したものと似たような飾りを付けていたのでつい。」

 

 辺りに、優しい風が吹いたようだった。


 女性は太陽のような笑顔で言った。

「お名前、お聞きしても宜しいでしょうか? 私、大町 瑛実エミって言います!」


 まだこの時間だから十八時の音楽は流れない。だけれど今この時、あのからくり時計の音がはっきり聞こえた気がした。

 そう、まるで止まった時間が動き出すように。


「藤沢真優です。宜しくお願いします。」

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ウヌプラス・クリアタウン 板谷空炉 @Scallops_Itaya

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