この秘密は墓場まで -白薔薇の嫁入りスピンオフ-

みんと

決して明かせない恋の話さ

 今この物語を見ているきみにだけ、俺の秘密を教えよう。

あいつには決して明かせない、俺が抱く恋の話…――。



 結論から言うと、俺は親友・マクレスが好きだった。

マクレスは「すいの貴公子」の異名を持つフランヴェーヌ王国の若き公爵様で、王妃様は実の大伯母っていうすごい奴。

あいつ自身も、初代国王の妹姫の家系っつー由緒正しい家柄を持ち、それに恥じない洗練された雰囲気を持っている。

一方俺は、ロカウィリス公爵家の嫡男として、口うるさい姉と、厳しくも優しい両親と共に何不自由なく生きてきた。


 そんな俺があいつと出逢ったのは、俺たちが七歳のときだった。

母親同士の仲が良く、姉と共に連れて行かれたお茶会で、同い年のマクレスを紹介されたんだ。

言っておくが、俺は最初からあいつを好きだったわけじゃない。

若草色の髪にエメラルドグリーンの瞳をしたマクレスは、穏やかで生真面目。

話しやすくはあったけれど、清廉な雰囲気に正直圧倒されていた。


 だけど恋なんてものは、ふとしたときに突然落ちてしまうものらしい。


 転機が訪れたのは、十歳のとき。

マクレスの家族と共に、領地の森へ鹿狩りに訪れたときのことだった。

貴族のたしなみとして覚えておけ、そう笑う父に教えられるがまま猟銃を手にした俺は、無我夢中で獲物を追った。

元々身体を動かすのは好きだったし、森を駆けまわる感覚に、視野が狭くなっていたことは言うまでもないだろう。


 ふと気づくと俺は、森の半ばにできていた地割れに、落ちようとしていたんだ。

それを悟ったときにはもう足が空中にあって、視界に広がるのは真っ暗な闇ばかり。

正直死んだと思った。

「コライト!」

「……!」

 だけどそのとき、俺を呼ぶあいつの声が聞こえてきたんだ。

あいつよりも少し濃いビリジアングリーンの瞳を上に向けると、焦った様子のマクレスの顔が遠くに見えた。

でも、どんなに手を伸ばしたところで届きゃしない。

そう思って半ば諦めた俺の耳に、今度は耳慣れない単語が飛び込んでくる。

! 柔らかな抱擁で彼を包んで。命を抱き、ここへ運ぶんだ!」

「……!?」


 マクレスが咄嗟に放った言葉の意味を理解できず、俺はこんな状況だと言うのに首を傾げた。

だが、呼応するように吹いた風が木の葉を運び、俺を抱き上げる。

まるで、意思があるかのようにゆっくりと上昇した木の葉と風は、優しく俺を包んだまま、そっとマクレスの隣に下ろしてくれた。

今のは一体、何だろう。


「よかった。無事だね、コライト」

「……っ」

 あとで詳しく話を聞くと、マクレスは精霊と言葉を交わせる、魔法族っていう特殊な一族の血を引いていたらしい。

つまり今のは彼の魔法。

だけどそれ以上に、陽光を浴びて笑うマクレスは、とても綺麗で。

もしかしたら吊り橋効果的なやつだったのかもしれないけれど、心底ほっとした顔で俺を見つめる彼の笑顔に、心臓が痛いほど高鳴ったんだ。

たぶんあれが、恋の始まり。

そして、決して叶うことのない苦しい恋の幕開けだった。



 そもそもマクレスには子供のころからの婚約者がいたんだ。

互いに恋愛感情はなくて、婚約者のヴィオレちゃんは隣国の貴公子に片恋中って謎なやつ。

つい気になってそのことを聞くと、マクレスは笑顔で、時期が来たら家族に本当のことを話すなんて言っていた。

だから俺は、マクレスは一生恋をしないのだと思っていた。

俺が抱くこの感情は日増しに強くなっていたけれど、相手が誰にも恋をしないなら、俺が一番傍にいられる、なんて、愚かなことを思ったりもしたんだ。


 だが、俺がそうだったように恋は突然やって来る。

十九歳のある日、俺はマクレスが恋をしていると知った。

相手は黒竜侯こくりゅうこうと悪名高きノアルージュ侯爵の娘・チェリフィアちゃん。

美しい白銀の髪にレモンイエローの瞳をした涼やかな美少女だ。

その清廉潔白な姿から「白薔薇」と呼ばれた彼女に、マクレスは恋をしたらしい。

突然突き付けられた事実に、俺はドデカいハンマーで頭を殴られたような気分になった。


 そして、そこから先は、何にも手をつけられなくなったんだ。

仕事はもちろん、父の意向で結婚した女の子にも、一切興味を持てなくて。

終いにゃ離縁を突きつけられたりもしたけれど、それすら俺の心を動かしはしない。

放心した俺を、マクレスは心配していたけれど、「お前が好きだから。好きな人ができたと聞いてショックなんだ」とは明かせるわけもなかった。


 ――…俺は、頭のどこかで分かっているつもりだった。

互いに嫡男である俺たちが、どうにかなれるわけもないことも、マクレスが俺のことを、親友としか思っていないことも、分かっているつもりだったのに。

苦しくなる心と、込み上げる涙は、如何に俺があいつを好きか、自分自身に突きつける。

あの笑顔を俺だけの物にできたらいいのに。

虚しい想いばかりが、いつだって心を蝕んだ。


 それからさらに三年の時が経ち、表面上は「女の子をこよなく愛する男」なんてハリボテの看板を背負うようになった俺に、マクレスは突然、白薔薇ちゃんを嫁にしたと告げてきた。

俺はまたショックで放心してしまったけれど、この結婚を俺は祝福しようと思う。

だって、好きな奴が幸せでいることは、喜ばしいことだと思うから。


 本当は、今でも白薔薇ちゃんと一緒にいるマクレスを見ると心が苦しくなる。

だからつい野次を入れたり、邪魔したくもなるけれど、二人でいるときのマクレスは、本当に心から幸せそうな顔をしているんだ。

今俺にできることは、二人の幸せを願うことだろう。

そのために俺はマクレスの親友として、いつまでも傍にい続ける。

それがあいつに恋した俺のケジメ。


 俺の一番は、決して手に入らない綺麗な貴公子だった。

これが誰にも言えない、俺の秘密の恋の話。



 そして、最後まで見てくれたお前らに願うは、口外禁止。

少なくともマクレスには絶対ナイショだ。

もし俺の気持ちがバレるようなことがあれば、俺が持つ陸軍情報局の全権力を持ってお前らの秘密を暴いてやるからな……!

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