その恩返しは歪で

深茜 了

その恩返しは歪で

成哉せいやさんは昔からずっと私のことを守ってくれた。

—だから今度は、私が成哉さんを守る番だった。


成哉さんは私の三歳年上の幼馴染だった。

家のすぐ近所には同じ年頃の子供は私たちしかいなかったから、私と成哉さんはずっと一緒に成長してきた。

成哉さんは私を妹のように可愛がってくれた。内気だった私は小学校の通学班で男子にからかわれたりしたけど、いつも成哉さんが止めてくれた。母親に叱られてべそをかきながら成哉さんの家に行くと、甘いお菓子を出して迎えてくれた。泣きやまず涙を流しながら菓子を頬張る私の頭を慰めるように撫でてくれたものだった。


だから彼には幸せになって欲しかったけど、皮肉なことにこの世の中は良い人が幸せになるとは限らなかった。


私が十七歳、成哉さんが二十歳になっても、私たちの交流は続いていた。


ある平日の夜、私がアルバイトから帰ってくると、ちょうど大学から帰って来た成哉さんと鉢合わせた。


「おかえりなさい、サークル遅くまでやってたの?」

彼は大学で天文学のサークルに入っていた。私の質問に対し一呼吸遅れて頷いた。

「・・・うん、サークルの飲み会だったんだけど、最近飲み会に参加するようになったOBの人から無理矢理お酒をすすめられるんだ」

暗かったのですぐには気付かなかったが、成哉さんの足取りは少しふらついていて、顔は赤かった。成哉さんはお酒の飲めない人だった。

話を聞くともうそんなことが三回も続いているという。—このままでは成哉さんの身の安全に関わる、そう思った。


それから一週間後、とある川から溺死体が発見された。それは成哉さんに飲酒を強要していた男で、泥酔した状態で川に突き落とされたようだった。



—あの人の為なら、何だってやってみせる。



溺死体の事件の犯人が捕まることはなく、二年の歳月が過ぎていた。


私は大学に通っていて、成哉さんは東京の一般企業に就職した。

新社会人としての生活はなかなか慌ただしいらしく、私と成哉さんはしばらく顔を合わせることなく過ごしていた。


六月になって、やっとゆっくり話す機会ができた。成哉さんの家の前で「久し振り」とお互い挨拶を交わし、「大学は順調?」と質問された。それを肯定で返し成哉さんに同じことを聞き返してみると、彼は顔を曇らせた。


「実は、会社の上司との関係が上手くいってなくてね。少しのミスで怒鳴られたり、すごい量の仕事を押し付けられたりするんだ」

そう言って成哉さんは顔を手で覆ってしまった。私は成哉さんが体調を崩してしまわないか心配だった。


けれどその数日後、その男は夜の公園で何者かに刺されて死亡した。現場に凶器は残っていなく、腹から血を流して倒れているのを朝発見されたらしい。



—あの人の為なら、何だってやってみせる。



それからも私と成哉さんの幼馴染としての交流は続いているけれど、あれ以降彼に目立ったトラブルは無く、元気そうに過ごしている。それが私にとっては何よりだった。


成哉さんからサークルの飲み会のトラブルを聞いた後、心配した私はしばらく成哉さんの様子を見ていた。するとある日例のOBと二人で現れた彼は土手に向かい、男を川に突き落とした。成哉さんが現場から立ち去ったのを見た私は、周囲の靴跡を消し、成哉さんが捕まらない事を祈った。幸運にも事件は解決されなかった。


勤め先の上司の時も、夜の公園に二人で入っていく所を見掛けた。仕事の相談がしたいとでも言ったのだろうか?それとも何か上司を脅す材料でもあったのだろうか?そこまでは分からなかったけれど、固唾を飲んで見守っていたら、成哉さんが男に刃物を突き立てるのを見てしまった。あろうことか、彼は凶器を回収していかなかった。二人もの人間を手にかけてしまったのを悔いて裁きを受けようと思ったのだろうか?けれど、そんな事は私が許さなかった。悪いのは成哉さんではなくて成哉さんを傷つけた二人の男だ。成哉さんは幸せにならなくちゃいけなかった。

私は成哉さんが立ち去ったのを確認すると死体に歩み寄り、凶器を抜いた。そのまま夜の公園を走り抜けた。


大丈夫、これからだって何があっても、私が成哉さんを守ってみせる。今までさんざん守ってもらった分、これからは私が成哉さんの盾になるから。


これは恋愛感情?—いいえ、そんな、陳腐な感情なんかじゃない。

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