拝啓、未だ姿知れぬ同胞へ

山田百舌:名誉猫又₍⸍⸌̣ʷ̣̫⸍̣⸌

交換日記




 □月□日


 やあ、返事をありがとう。

 まさか返ってくるとは思わなかった。

 額面通りに遺言を書き綴っているやつらばかりのなかで「戦線で音楽が流れていたのを聴いたひとはいないのか?」と、そう一行書いたきりな怪文書の綴り手がいったいどんなやつなのか、すごく気になってね。ただそれだけさ。

 なあ、きみはこのノートに遺言を書き残しておかないのか? 



 □月□日

 

 やあ、返事をありがとう。

 今回もだいぶ死んだな。いや、いい。互いに生き残ったことを喜ぶことにしよう。

 きみのように音楽が流れたり聴こえたりすることはないな。ただ、文字に関していえば、そういった特異性に類するものを持っているよ。

 きみはいつも雨の匂いをさせているね。



 □月□日

 

 やあ、返事をありがとう。

 どうやらぼくたちは死神から匙を投げられているらしい。まわりのやつらが面白いくらいに死んでいくのに、ぼくもきみも生きている。生き残っている。

 死神と仲良く手を繋いでいる状況なのに、だ。死神には匙を投げられ、悪魔は魂にキスをしたがらない。前世で善行を積みすぎたのだろうか。地獄のような戦場で生き残ってしまうほどの、善行を。

 なあ、きみは今日も音楽を聴いたのか? 地獄で流れる幸運の音楽はいったいどんな形の曲をしているんだ?



 □月□日

 

 やあ、返事をありがとう。

 この遺言ノートの存在意義ってなんだろうな。

 これ、出撃前夜に書かされるだろう。片面1ページだけに遺言を書く権利を与えられて、大概のやつは素直に遺言を書く。父親、母親、きょうだい、恋人、果ては我らが主に。

 書いて、だけどこれは遺言を宛てた誰にも届けられることがない。

 自分の名前を書くことが許されないのは、そういうこと。片面1ページしか与えられないのも、そういうこと。───ページが破られた形跡を見たことはあるか? ないだろう?

 これは遺言書なんかではない。……いずれ遺品にされるものだ。博物館だか資料館だかに展示される運命だろうさ。タイトルは……そうだな、名もなき兵士たちの手記、といったところか。いい具合に笑わせてくれる。



 □月□日


 やあ、返事をありがとう。

 ぼくが遺言を書かない理由、か。

 いつだったか教えたとおり、これが宛てた誰にも届かないことを知っているから───というのは建前でね。戦争孤児だったぼくには手紙を遺したい相手がいない。ただそれだけさ。

 書く相手もいなければ言い残す事柄もないから、他人が書いた遺言ノートを読んで与えられた時間をいたずらに浪費していたというわけだ。

 戦場を重ねる毎に心を凍てつかせて死んだような顔をする兵士たちが書く遺言は激情が宿っている。

 死にたくない、死なせたくない、殺したくない、殺されたくない、家に帰りたい、愛する者に会いたい、もうやめたい。そう言葉にならない言葉を、心を、感情を、遺言ノートに移している。

 移し終わったあと、無感情に敵兵を殺しにいくんだ。───可哀想ったらないだろう。

 ……誰にも読まれないそれを、ぼくだけは読んでやろうと思った。

 そうしてきみを見つけた。



 □月□日


 やあ、返事をありがとう。

 この遺言ノートがぼくときみにとって交換日記になっているうちは、明るい未来が保証されている。

 ██████……、いや、なんでもない。

 終戦も近いと聞く。生き残って、そうしたらきみと音楽のはなしでもしたいものだ。コーヒーを飲みながら語らいたいなあ。



 ─────────────────────────────────────





               地獄の鐘が、

                        キン、

        コン、

                カンと、

               鳴っている。


 ひとりでも多く殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くして───、かえらなければ。

 ぼくはまだきみと交換日記をしていたいのだ。


























 きみにを遺したくない。



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