女の顔はカペルのように

四葉くらめ

女の顔はカペルのように

「これは今まで秘密にしていたことなんだが……」

 そう前置きをして、男は目の前に座る女に話し始めた。


 この世界に『怪物モンスター』を知らない人間はいないだろう。君も戦ったことは――うん、あるよね。

 スライムとかゴブリンとかオークとかリザードマンとか。そういう奴らだ。ああ、ドラゴンは少し複雑で所謂いわゆる「亜竜」って呼ばれている「飛竜ワイバーン」とかはモンスターだね。逆に「黄金竜ゴールドドラゴン」や「古代竜エンシェントドラゴン」なんかはモンスターには区分されない。

 それじゃあ、なぜ人は奴らを怪物と呼ぶのか。素材が取れる生き物なんて他にもいるだろう? 私たちはオークやリザードマンの皮を、豚や牛と同様に扱っている。

 じゃあ人間を襲うからか? 奴らだって住処を脅かされない限りは自分から襲うことはしないし、逆に言えば熊だって人間に襲いかかってくるのにそれらを怪物と呼ぶことはない。

 怪物のその特異性は『リポップ』と呼ばれる現象だよ。

 すなわち、怪物ってやつはどんなに狩っても絶滅することはない。普通、山から熊を1匹残らず狩り尽くしてしまったら、その山から熊はいなくなる。だけど、怪物は違う。どんなに狩り尽くしても、気付けばまた増えている。

 それが人間にとっては不気味で、しかし好都合だ。

なんせ狩る人間に数量管理をさせる必要がないからね。冒険者みたいな荒くれ者どもに「来年の収穫に差し障るから狩るのを控えてください」なんて言っても聞くわけがないが、狩る対象がいなくなったら冒険者どもも待つしかない。

 まあ、実際はその数量管理っていうのを別のところでやっているだけなんだけど。



 男はワイングラスに口を付ける。

 あまり酒には強くないので、少しだけだ。

 それでも、普段飲んでいる安物とは明らかに違う芳醇な香りが口腔を満たす。

 このあと言う事柄を考えれば、多少思考を鈍らせなければとても口に出す勇気を持てなかった。



 怪物モンスターは〝この街ここ〟で『生産』されている。奴らが怪物たる所以はそこだ。奴らは自然発生する生物ではなく、元はといえば人間が作った合成生物キメラだ。だから、狩り尽くされたところで何度でも作り直せるし、てきとうなところで新種の怪物だって作り出せる。冒険者のレベルにあった怪物を配置することもできる。

 はじまりの街「フィルテマ」ではスライムやゴブリンを。

 中級冒険者の街「ランディア」ではオークやリザードマンを。

 上級冒険者の街「ヴァルガイド」ではオーガやドラゴンを。

 そうして、この帝国は冒険者を効率的に育てている。

 冒険者の母数も他国より断然多いし、英雄級の冒険者の数は言わずもがなだ。

 まあ……、冒険者になって死ぬ人間も他国より圧倒的に多いけどね……。

 結局、私はそんな怪物たちの王様ってわけだよ。この〝工場〟の責任者なんだから。



 ふぅ、と男はゆっくりと息を吐いた。

 男の話が一度途切れる。再びグラスを傾ける男に合わせて、女の側もグラスを流れるように口へと運ぶ。男と飲んでいる量は変わらないというのに、女はまったく酔っているようには見えなかった。男は既に顔が赤くなっている。

 女が音もなくワイングラスを白いテーブルクロスの上に戻すと、少し怪訝な顔をしながら口を開いた。

「……それがあなたの話したかった秘密ですか? ご存知の通り、わたしは帝国諜報部の捜査官です。それぐらいの機密事項は知っていますよ?」

 女のその言葉に男は少し慌てて言葉を付け足す。

「ああ、いや。これは前置きというか、君が知っていることは重々承知しているのだが、念のためというのと、あとは、私の緊張を解すための雑談というかだね」

 知っている話を長々とされるというのはなんの面白さもないし、普段であればこの男もこんな間の抜けたことはしないのだが、どうやら本当に緊張しているらしい。

 どちらかというと普段からあまり頼りがいのある男ではない――というと悪口みたいに聞こえてしまうかもしれないが、少なくともリーダーシップを発揮するタイプではなく、のらりくらりとやり過ごすことが多い。一方で責任能力がないわけではなく、少なくとも部下には慕われているのを女は知っている。

 そんな男が今は普段以上に頼りなくて、女は思わず笑みを浮かべていた。諜報部内にて密かに「氷の魔女」と呼ばれている女が見せる珍しい笑顔だった。

 それだけ、仕事ではお世話になっているし、こうして食事に誘われたらついていく程度には仲も深まっている。

 すなわち信頼されているのである。

「それで、帝国最大級の秘匿事項を前座にする秘密とは一体なんでしょう?」

 工場兼研究所の男の自室で話さず、こういう店(要人同士の密会などもあるため、秘匿性が高い)を使うということは、まだあまりおおやけにしたくないことだろうか? もしかして異動? 確かに、この男ほどの人物をひとつのポストに固定しておくというのももったいない話かもしれない。男の知識やノウハウは別の分野でもさぞ活かされることだろう。

 そうなった場合、自分はどうなるのか。怪物事業担当の自分がこの男と一緒に異動するということはあり得ない。もし本当にこの男が異動するということになれば、今後会うことはないだろう。

 それはありふれた事柄であるはずなのに、どこか嫌悪感を覚えたのか、女の顔はこわってしまっていた。

「君がそんなに緊張することでもないのだけどね。そのぉ」

 男はあっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロと目を動かしまくって、たっぷり10秒、女を待たせてから――


「君のことが好きなのだ」


 彼の秘密をぶちまけた。



 男の異動を想像しただけで顔がこわるような女がこの後どんな回答をしたか――などというのは、あえて書く必要もないだろう。それでもなにかしらを記述するなら男の言葉を受けた女の反応であろうか。

『へぁ?』

 というまるで少女みたいな声を出し――ああ、そうだ。帝国諜報部内で「氷の魔女」と恐れられている女がである――さっきまで平気でワインを飲んでいた顔はカペル(熟すと赤くなる果実)のようになり、これまで恋愛経験なんてなかった女はそのへっぽこぶりを――いや、これ以上書くと流石に彼女の沽券に関わりそうなので、あとは各自に想像してもらうとしよう。


   〈了〉

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女の顔はカペルのように 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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