後編




 俺のヒミツの場所のあたりに、ジンコどもは住みついたらしかった。

 なにを食べてるのか知らないが、木にのぼったり、枝をわたって歩きまわる、そんなサマをながめるのは、けっこう面白いもんだった。




 ヒミツの場所で飼ってるペット、ちょっとした動物園。一か月くらいたつころには、気がついたら、コイツらをそんな目でみてた。

 弁当ののこりをちょっと投げてみたり、棒っきれをヒラヒラさせてからかってみたり。そうするとブアイソウなコイツらもいくらか反応してみせるのも楽しかった。


 でもいちばん楽しい遊びは、言葉をおしえてみることだ。

 かんたんな言葉をくりかえしてみると、そろってマネして言い返してくる。


「ランドセル」

「「「ランドセル」」」


「ソーセージ」

「「「ソーセージ」」」


 お気に入りの白いシャツに、指で字をかくマネをすると、目をまわしたり指をだして、それを追いかけようとしてるのも面白かった。




 そんなことにもそろそろあきて、帰ろうとしたころに。

 ふと気がついた。


 最初のあのとき、テストをうめたあの場所に。

 ちょうどあのときにほったくらいの大きさの穴がほられてた。




「おい、なんなんだよ!

 おまえら、あそこ、ほり返したのかよ!」


 ケモノのくせに、ペットのくせに、なまいきなマネをしやがって。

 ヒミツだって言いきかせた、教えてやった、それをムシしやがって。

 そんな思いがカッカとわいて、そうさけんだ。


 だってのにジンコどもは何もうごかない、返事もしない。

 ただ青い丸い目で、やっぱり、じっと見てくるだけだ。




「なんなんだよ、なんとか言えよ!」


 石をなげても、こんなときにかぎってコイツら、サッと逃げて、命中どころかかすりもしない。

 気がついたら、ジンコどもを追いまわしてた。

 いや、おれが勝手に林のなかをかけ回ってただけかも知れない。

 ジンコどもは鳴きもしないで木にのぼったり、ヤブにかくれたり。


 だんだんバカらしくなってきて、足をとめた、そのときに。

 目のまえにあるでかいカシの木、その枝にすわりこんでる一匹のジンコ。

 土でよごれて、ビリビリこまかく破られて、でもたしかに赤白マダラになった紙クズを、ヒラヒラなげてた。遊ぶように。


「この野郎!」


 あのテストを返されたときのイヤな気分が、またカッカとわいてきて。

 つい走り出したとたん。

 なにもかもが、ぐるって回って。




 気がついたら、体じゅうが痛かった。

 手や足、顔には、土のザラザラした感じがまとわり付いてて、傷だらけなんだって見なくてもわかるくらいにヒリヒリしてる。


 ああ、走り出したときに、ガケかどっかから落ちたんだ。


 そう思って、起きあがろうとしたときに、起きあがれないことに気づいた。

 青い目、丸い目、でっかい目。いくつも、いくつも、のぞきこんでて。

 人間にそっくりの手で、手足をおさえこまれてる。


 くそっ、くそっ、どうして動けないんだよ。

 こいつらこんなチビのくせに、なんでこんなに力つよいんだ。


 なんとか頭をおこしたとき。白いシャツが土だけじゃなく赤黒い血でもよごれてて、マダラになってるのに気がついた。


「「「ヒミツ。ヒミツ」」」


 まわりじゅうから、いっせいにそんな声がした。


「「「ヒミツ。ヒミツ」」」


 おいやめろ。

 おれはあの、テストの紙じゃねえんだぞ。


「「「ヒミツ。ヒミツ」」」


 なにをどう受け止めたんだか。

 真っ黒いかたまった顔のまま、口からとがった歯をのぞかせて、その言葉だけくり返しながら。


 ジンコどもは、人間そっくりの指をのばして。

 おれをビリビリにひきちぎった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとまね 武江成緒 @kamorun2018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ