ひとまね

武江成緒

前編





 穴をうめ直そうとしたとき、ふいに背中に、だれかが見てる気配をかんじた。


 この場所は、通学路から林のなかへちょっと立ちいったくらいの場所だ。

 まさか先生じゃないだろうな。おそるおそるふり向いてみる。


 それは、いや、そいつらは先生なんかじゃないやつらだった。

 人間ですらないやつらだった。


 木のみきにしがみついたり、枝にとまったり、草むらから顔をだしたり。

 いったい何びき、いや、何十ぴきいたんだろ。

 ジンコの群れが、青い、丸い目をひらいて、じぃっとこっちを見つめてた。




 ジンコどもは、ぱっと見、キツネザルによく似てる。動物図鑑でみたから知ってる。

 キツネみたいなとがった耳、ふさふさのしっぽ。でも、サルにはそれほど似てない。

 サルよりも、人間のほうに似てるから。


 手なんてほんとに、小さくってまっ黒だけど、人間と見わけつかないくらいそっくり。

 ああやって、木のみきや枝をつかんでる手を見てると、なんだか背中がゾワリとする。

 でもそれよりも不気味なのは、顔まで人間そっくりなこと。 

 鼻がペシャンコの普通のサルの顔じゃない。鼻スジは高くとおってて。

 目がだいぶ大きいことを別にしたら、人間の顔をそのままちぢめたみたいな顔だ。


 でも人間の顔じゃない。

 テレビでみたどんな国の人間よりも、黒いインクよりもまっ黒で、ぎょろりと開いたまんまるい目だけが青くぼんやり光ってる。

 まばたきはしない。鳴きもしない。くちびるを人形みたいに、しゅっ、って閉じてうごかない。


 動物なのか、モノノケなのかもよくわからない。どこかの土地だと、おいなりさんのお使いだって言ってるって聞いたけど、コイツらがそんなありがたいもんには見えなかった。

 すこしなら言葉をはなすって聞いたこともある。そんなの見たことなかったけど。


 そこまで考えたときに、この気味わりぃ連中よりも、もっとやばいことがあるのに気がついた。

 ぜんぶコイツらに見られてた。今日もどってきたテストの紙を、このヒミツの場所にうめるとこ。




 担任のかわのクセ、まちがった所のバツとか悪い点数にかぎってやたら勢いよく書くクセで、赤白マダラになった紙。

 親にバレたら、さんざんカミナリ落とされて小づかい減るのは確実なやつ。

 それをさらにビリビリこまかく破いて破いて、今からうめるところだった。


 もし、うわさの通りにジンコどもが、ちょっと言葉をはなせるくらいに頭よかったら、どこへバレてもおかしくないんだ。そんなことに気がついた。




 じわっ、て汗がにじんできたけど、ジンコどもはちょっとも汗をかいてない。青い丸い目でこっちをじっと見てるだけだ。

 とにかく、逃げるようすがないんなら、試してみてもいいはずだ。そう思って。


「ヒミツ。ヒミツ」


 言って聞かせてみたとたん。


「「「ヒミツ。ヒミツ」」」


 コーラスみたいに、きゅっと閉まってたジンコどもの口がうごいて、そんな言葉がかえってきた。




 また背中がゾワッってするながめだった。

 コイツらほんとに人の言葉がわかるのか。


「だれにも言うなよ。ここほり返したりするんじゃないぞ」


 そう言うと、言葉はかえってこなかった。

 何びきかが、たがいに顔をみあわせただけだ。




 なあんだ。

 やっぱりコイツら、ただの動物かモノノケだ。

 むずかしいことはわかんないんだ。


 そうわかったら、気がすっとラクになった。

 顔と手が人間に似てて、オウムくらいの言葉をはなす、それだけのやつらなんだ。


 テストのヒミツがバレそうにないこともあって、コイツらに感じてた気味のわるさはふっとんだ。

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