最終話 レベッカとエクベルト

 数分後、トマスはレベッカの家の倉庫で頭を抱えていた。


『えくすかりばー』はすぐに見つかった。倉庫の片隅に、無造作に立てかけられていたのだ。

 どう見ても平凡な剣で、つかには商品タグが付けっぱなしになっている。


 そのタグには『王都製』とはっきり書かれていた。


(か、完全に偽物だった・・・!)


 もしかして本当に伝説の剣でしたというオチなのでは、というトマスの希望はあっさりと砕かれた。


 だが、持ってこいと言われたからには持っていくしかない。

 トマスは『えくすかりばー』を抱え、急いで家の外に出た。



「レベッカさん、持ってきました!」


 レベッカとモンスターはにらみ合いのまま牽制状態を続けていた。


「ありがとう、トマス」


 えくすかりばーを渡す時、トマスは不安げにレベッカの顔を見た。


「でも、この剣は──」


「伝説の剣よ。心配しなくていいから、わたしに・・・任しとき!」


「レベッカさん・・・」


 トマスはレベッカに促され、通りの端へ避難した。


(やばい、言えない。偽物だなんて言えない!)


 トマスは両手を組み合わせ、あの『王都製』の剣がせめて攻撃力の高い品であることを天に祈った。


「さあ、かかってきなさい!」


 レベッカはえくすかりばーを構え、モンスターと向き合った。


 モンスターが大きな唸り声をあげ、右腕を振り上げる。そして、チョップをするようにレベッカめがけて振り下ろしてきた。


 ゴツゴツした大木たいぼくのような腕が、レベッカに襲いかかってくる。


「うぉりゃああ〜っ!!!」


 レベッカは腹から声を出すと共に、えくすかりばーを斜め下から振り上げ、モンスターの腕を受け止めようとした。


(大丈夫、これは伝説の剣なんだもの!)


 頑なにそう信じてはいるが、実のところレベッカに剣術の心得はない。

 自分に伝説の剣が使いこなせるのだろうかという、そんな不安が胸をよぎった。


 レベッカは思わず目をつぶった。


 ガキィン!!


 えくすかりばーとモンスターの腕がぶつかった。

 思ったほどの衝撃はない。剣が砕けたという感覚もなかった。


 あら? うまくいっちゃった? わたしって実は天才? などと浮かれたことを考えながら目を開けたレベッカは、自分の隣に誰かがいるのを見て驚愕した。



「えっ、エクベルト様っ!?」



 レベッカのすぐ横に立つエクベルトが、銀色に輝く剣を掲げ、モンスターの腕をしっかりと受け止めていた。


 一応、レベッカのえくすかりばーも腕を受け止めているが、ほとんど触れているだけであり、モンスターの攻撃を抑え込んでいるのはエクベルト一人と言っても過言ではない状態だった。


「モンスターが侵入したという報告を受け、詰所から駆けつけたんです・・・!」


 目の前のモンスターに注意を向けたまま、エクベルトが言った。


 彼が乗ってきたと思しき馬が、後方でウロウロしている。馬は呑気な顔で、その辺のおけから水を飲んでいた。


 エクベルトはレベッカを横目で見て、心配そうに尋ねた。


「怪我はありませんか?」


「! あっ、えっ、怪我はありませんっ!」


 裏返った声でそう答えるのが精一杯だった。


(エクベルト様がわたしの隣にいる!? かっこよく剣を構えて、わたしのことを心配して・・・!? 何これ、夢かな・・・)


 レベッカの顔は真っ赤になっていた。


「それはよかった・・・!」


 エクベルトはホッとした様子で呟くと、モンスターの方に向き直った。


「こいつを追い払わなくては!」


 モンスターは刃が食い込むことも構わず、唸り声を上げながら右腕に体重を乗せてきた。

 強い力で押され、エクベルトは苦しげに表情をゆがめた。


「くっ・・・!」


「エクベルト様っ!」


 レベッカは焦った。

 せっかくいい感じの場面なのに、エクベルトが怪我をしてしまったら台無しだ。


 自分の非力さが情けなく、歯痒かった。

 レベッカはえくすかりばーを構えながら、モンスターの赤い目を睨みつけた。


(ええ加減にせい、このボケカスっ!!)


 モンスターとレベッカの目が合った。

 声に出していないとはいえ、レベッカの放つ異常な剣幕は、モンスターをたじろがせた。


(はよ、いねや! 空気読め! ここはエクベルト様とうちが協力して街を守るっちゅう感動場面やろ!)


 レベッカはチラリとエクベルトを見て、その横顔の美しさにポッと頬を紅潮させた。それから、改めてモンスターを睨みつけた。


(この人に、怪我させたくないねん!!)


 レベッカの表情を見て、モンスターは気がついた。

 この人間は隣の人間に、強い『想い』を抱いているのだ、と。

 


 それに気づけたのは、このモンスター、いや、ギャンデカウルテタウロスもまた、強い想いを誰かに抱いていたからだ。



 ギャンデカウルテタウロス(おす)は、故郷にいるギャンデカウルテタウロス(めす)のことを思い出した。


『いつか、でっかい男になって帰ってくる』


 そう宣言して故郷を旅立ったギャンデカウルテタウロス(雄)のことを、ギャンデカウルテタウロス(雌)は涙を浮かべて見送っていた。


 ギャンデカウルテタウロスは、彼女に恋をしていた。だがその想いを告げることなく、故郷を離れてしまったのだ。


(俺は、こんなところで何をしているんだ。会いたいな、あいつに・・・)


 ギャンデカウルテタウロスは静かに右腕を上げると、一歩後退した。そして、スッと腕を下ろした。


「なっ・・・?」


 突然攻撃をやめたギャンデカウルテタウロスを、エクベルトは信じられないという目で見つめた。


「・・・」


 レベッカとギャンデカウルテタウロスは無言で視線を交わした。

 互いを認め合ったかのような、熱い瞬間であった。


 ギャンデカウルテタウロスは二人に背を向けると、そのまま立ち去っていった。


 ズシン、ズシン・・・。


「行ってしまった・・・」


「大丈夫、あのまま街の外に出ていくはずです」


 剣を下ろした二人は、小さくなっていくギャンデカウルテタウロスの背中を見送った。

 

 通りに静けさが戻ると、エクベルトは剣を腰のさやに収め、レベッカの方に向き直った。


「改めて、ご協力に感謝します。あなたが共に立ち向かってくれたおかげで、街を守ることができました」


「! そ、そんな! わたしは何も!」


 エクベルトの美しい瞳が、まっすぐレベッカを見つめている。レベッカは呼吸困難になりかけた。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


「な、なまえですか!?」


 レベッカは動揺のあまり、目を白黒させた。


 エクベルトに自分の存在を知られることなく、ひっそりと彼を慕い、アスト地区を守る。

 それがレベッカ流『乙女の美学』なのだ。

 自分の名前を告げれば、その美学が崩れてしまうような気がした。


 レベッカが慌てふためいていると、その背中をバシッと叩く者がいた。



「この人はレベッカっていうんです! レベッカさんはいつも、アスト地区の治安を守ろうと一人で奮闘しているんですよ! そりゃあもう、大奮闘!」



 トマスだった。

 乙女の美学を理解しないトマスは、あっさりと秘密をバラしてしまった。


「ね、レベッカさん?」


 トマスは誇らしげにレベッカの方を見た。


(こんガキャ、余計なことを・・・)


 レベッカはヒクヒクと口元を引きつらせた。


「そうか・・・アスト地区の治安がいいのは、あなたのおかげだったんですね。レベッカさん」


 エクベルトはひどく感銘を受けた様子で、美しい瞳を更に美しく輝かせた。


「い、いや、わたしは別に、そんな・・・」


 レベッカはトマスへの怒りも忘れ、再び顔を赤くした。

 気恥ずかしくてたまらない。心臓がドキドキしてどうにかなりそうだ。


「いつも、ありがとうございます」


「!?」


 エクベルトは握手を求め、スッと手を差し伸べた。


「ほらほら、レベッカさん! 剣は俺が持ちますから!」


 促されるまま、レベッカはトマスにえくすかりばーを預けた。そして、エクベルトの大きな手を見つめた。

 ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る自分の手を近づけていく。


 二人の指と指がきゅっと触れ合う。

 エクベルトがレベッカの手を、優しく握った。

 レベッカも反射的に、彼の手を握りしめた。


(エクベルト様の大きな手がわたしの手を! しなやかさとたくましさを兼ね備えた美しい指がああっ! 触れてる、わたしの手に! 手と手が! ぎゅって・・・! ああっ、もう──)


 容量オーバーだった。


 手と手が離れた瞬間、レベッカはわなわなと全身を震わせ、エクベルトに背を向けた。


「んきゃあぁ〜〜っ!! 握手しちゃったああぁ〜〜っ!!!」


 レベッカは歓喜の悲鳴を上げながら、逃げるように走り去った。

 そして暴れギャンデカウルテタウロスもびっくりの速度と持久力で、通りをどこまでもどこまでも走っていった。


「・・・え、えっと・・・」


 残されたエクベルトは、呆気に取られた表情で立ち尽くした。


「僕は、彼女の気分を害するようなことをしてしまったのかな・・・」


 思案するエクベルトの横で、トマスがやれやれと首を横に振った。


「いえ、気にしなくていいと思いますよ」




(恥ずかしくて逃げ出すなんて、ありがちなオチ・・・! でも走らずにはいられないっ! だって胸がいっぱいなんだもん!!)

 

 レベッカの手には、エクベルトの温もりがまだ残っている。


(きゃ〜〜!! 握手しちゃったなんてまだ信じられないっ!!)


 あふれる幸せを噛み締めながら、レベッカはリーベルメの街を疾走し続けた。


『秘密』はエクベルトにバレてしまったが、この熱い想いがある限り、レベッカの奮闘はこれからも続いていくだろう。


 乙女の美学に終わりはない。


 つまり、アスト地区は明日も明後日もずっと平和なのだ。



 めでたし、めでたし。


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一般市民は推しの騎士を喜ばせるため街の平和を守りたい! 胡麻桜 薫 @goma-zaku-12

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