第3話 レベッカとモンスター

 レベッカの家は雑貨店を営んでいる。

 ある晴れた日の昼過ぎ、レベッカは店番をしながら、通りの様子に目を光らせていた。


「レベッカさん、お疲れ様です!」


 元落書き犯の少年──トマスが、店の前で仁王立ちするレベッカに元気よく挨拶した。


「あら、トマス。こんにちは」


「通りを見てきましたけど、特に問題はないようでした!」


 先日の一件以来、トマスはすっかりレベッカの舎弟気取りだ。レベッカが頼んだわけでもないのに、こうしてアスト地区の見回りもしてくれる。


「そう、良かったわ。ありがとう」


 今日も平和なアスト地区。

 だがその平穏は、突然破られた。



「きゃー!! 暴れギャンデカウルテタウロスよー!!」



 女性の甲高い悲鳴が、通りに響き渡ったのだ。


「なんだって!? 暴れギャンデカウルテタウロス!?」


 住人達が一斉に逃げ惑い始める。


 遠くの方からは、こちらに向かってくる地響きのような音が聞こえてきた。


「あれは!」


 レベッカは目を見開いた。


 牛の頭とマッチョな人間の身体を持つ巨大なモンスターが、通りの向こうから凄まじい勢いで走ってくる。

 暴走状態のギャンデカウルテタウロスだ。


 リーベルメは高い壁に囲われているが、まれにモンスターがその壁を突き破り、街に侵入することがあった。


「みんな! 急いで家の中に!」


 レベッカは大きな声で指示を飛ばした。


 あのモンスターには、暴走状態になるとひたすらまっすぐ走り続ける、という習性がある。

 家の中に隠れてやり過ごせば、被害は出ないはずだ。


 レベッカの指示を聞き、住人達は次々に家の中へ入った。


 ドドドドドッ・・・!!


 身の丈が家屋と同じくらいの、巨大なモンスターが迫ってくる。

 住人達はもう家の中に隠れているので、通りには誰も──。


「! 大変!」


 レベッカの顔が青ざめた。


 幼い男の子が、通りの真ん中で泣き声をあげているのだ。

 パニック状態になっており、そこから動く気配はない。


 このままだと男の子はモンスターとぶつかって、吹き飛ばされてしまうだろう。


(そんな惨事が起こったら・・・エクベルト様のお心が傷ついてしまう!!)


 あと、男の子もかわいそうだ。


「くっ・・・」


 モンスターが通りを疾走してくる。もうすぐそこだ。


 男の子とモンスターが衝突する直前、レベッカは通りに飛び出した。

 そして男の子を抱きかかえると、飛び出した勢いのまま、通りを挟んだ向かい側へと転がった。


 ゴロゴロゴロ・・・ドカバキィッ!!


 レベッカは、放置されていた花売りのワゴンに激突した。


「いてて・・・大丈夫?」


 幸い、腕の中の男の子に怪我はないようだ。


 レベッカは男の子から手を離し、よろよろと立ち上がった。


「マルコ!!」


 男の子の母親が駆け寄ってくる。


「どこに行ったのかと思った! ああ、無事でよかったわ!」


 母親はマルコを抱きしめ、レベッカに何度も頭を下げた。


「逃げる途中ではぐれてしまったんです。身をていして息子を助けてくださって・・・本当にありがとうございます!」


 レベッカは服についた土埃つちぼこりを払いながら、こともなげに言った。


「当然のことをしただけです。(エクベルト様の)尊い笑顔を守るためですから」


 その時、切羽詰まった声でトマスが叫んだ。


「レベッカさん! うしろ!」


 レベッカは、黒い巨大な影に覆われていることに気がついた。振り向くと、すぐそこにギャンデカウルテタウロスが立っており、こちらを見下ろしていた。


「! 走り去ってなかったのね・・・」


 レベッカがワゴンに激突した時の大きな音に反応し、反射的に足を止めたのだろう。


 暴走状態からは脱したようだが、ギャンデカウルテタウロスの獰猛どうもうそうな赤い目からは社会への不満やら人間への敵意やらがあふれており、いつ襲いかかってきてもおかしくない様子だった。


 唸り声を発するモンスターを前に、レベッカは舌打ちをした。


「ここで暴れられるわけにはいかない。アスト地区がめちゃくちゃになってしまったら、エクベルト様が悲しむもの」


 追い払うしかない。

 レベッカはふんっと鼻息を荒くし、背後のトマスに声をかけた。


「トマス。倉庫からえくすかりばーを取ってきて」


「え」


 トマスは一瞬、絶句した。


「──まさかレベッカさん、このモンスターと戦うつもりですか!? そんなの無茶ですよ!」


 だいたい『えくすかりばー』って・・・あれはレベッカの話を聞く限り、偽物に間違いないのだ。


 だが、レベッカはトマスを勇気づけるように言い放った。


「ふん、ギャンデカウルテタウロスがなんぼのもんじゃい。ええか、トマス。うちはな、アスト地区を荒らす奴は全員いてこますって決めてんねん」


「レベッカさん・・・」


「せやから、はよ取ってきて! うちの、ホンマもんのえくすかりばーを!!」



 だから、その『えくすかりばー』は絶対偽物だって・・・とは、とても言えない空気であった。


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