キミの欠片
東雲そわ
第1話
檻のようなパイプベッドに、本が一冊置かれただけの簡素で背の低いサイドテーブル。座面の小さい木製のスツールが添えられた折り畳み式のダイニングテーブルは、脚の一つが歪んでいるのか、食器を並べる位置を少しでも間違えると、まるで不満を訴えるかのようにカタカタと音を鳴らして、いつまでも天板を揺らしてくる。
そんな最低限な家具しか持ち合わせていない、どこか希薄な印象を受ける彼女の部屋に、ただ一つだけ存在する装飾品。何も描かれることなく額縁に飾られたそのパズルには、いつからなのか、空白が一つ存在する。
「これって何か理由があるの?」
積み重ねた食器を流し台に運んだ帰り、普段はあまり気に留めないようにしていたそれを、僕は見つめていた。
それを知ることに意味があるの? そう問い返されるような気がして、その答えが見つからなくて、今まで口にすることを躊躇っていた、ほんの些細な好奇心。
1DKのキッチンに裸足で立ち、食後のデザートとにこやかに宣言して真っ赤なトマトに齧りついていた彼女が、普段よりも少し大きく開いた瞳で、額縁の前に立つ僕を見つめてくる。
内心、僕は怯えてもいた。時計もカレンダーも存在しない、いつまでも真っ新な壁に、一つだけ飾られたピースの欠けた真白なパズル。それがもし彼女の本質に触れる手がかりだとするのならば、今の僕はそれを理解できない、共感できないと白旗をあげているようなものなのだ。感受性の強い彼女が、僕の今の言動を「否定」と取る可能性も考えられた。
拒絶されるかもしれない。
それでも、彼女のことを深く知りたいという欲求が、臆病な僕の背中を押していた。
「忘れたくないから、そうしてるの」
スツールに腰掛けると、その振動でテーブルがまたカタンと揺れる。コースターもなく置かれた不揃いのグラスの中で、溶け始めた氷が、度数の薄いアルコールを更に希釈して、水へと誘っていた。
僕はまだ、欠けたピースを見つめている。
キミの欠片 東雲そわ @sowa3sisu
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