決して漏らしてはならない

来冬 邦子

それは秘密です

龍貴りゅうきーっ!」


「はーい」


「龍貴、ちょっと来なさい」


「待って! いま忙しいんだよ」


「今すぐ、ママのところに来なさい!」


 先月六歳になった長男の龍貴はシャベルを脇に置くと、申し訳程度に服の泥を叩いて庭から縁側に上がってきた。不満げに頬が膨らんでいるが、そんなものには忖度しない母である。


「さっき、ママが買い物にいくとき約束したよね?」


「あ! うう」


「ママが帰って来るまでに、オモチャを片付とくんだったよね?」


「はいー」


「この状況って、片付けたわけ?」


「ううう」


「ママが出掛けた時より散らかってない?」


「ううう」


「さっきから、なんなの? うーうー唸ったって許しませんよ」


「ごめんなさい」


「お昼御飯にするから、早く片付けなさい!」


「はーい」


 龍貴はリビングの床いっぱいに散らかした、ロボットや怪獣やその仲間たちを、片っ端から部屋の隅の段ボール箱に投げ込んだ。今日は日曜日だ。日曜日にはママやパパと出掛けて美味しいものを食べたり、おじいちゃんやおばあちゃんの家に行って遊ばなくてはならない。こうした決まり事はよその家でも同じなので、日曜日には友だちを遊びに誘ってはならないのがこの近在の小学生の暗黙のルールとなって久しい。


「龍貴、出来たのー?」


「出来たあ!」


「どらどら」


 ママがパタパタとスリッパを鳴らしながら、リビングを見に来た。


「よしよし、きれいになったねって、なんですか、これは?」


 ママはトランプくらいの大きさの青いカードを拾った。


「あ、それはダメなの」


 龍貴は急いでカードを取り返した。


「なあに? 隠し事はいけないんだよ」


「かくしごとじゃないもん。秘密だもん」


「ママに秘密をつくるの?」


 龍貴はうそ泣きをはじめたママの頭を優しく撫ぜた。


「いつかママが大人になったら教えてあげるからね」


「ママはもう大人なのにー」


「何言ってるの。ママは僕と同い年なんでしょ?」


「ううう」


 言い負かされたママは龍貴とテーブルについた。


「わあい。ナポリタンだ!」


「回らなくて良いから、早く坐りなさい」


 龍貴は嬉しいとその場で横回転する癖があった。


「いただきまーす」


「いただきまーす」


 龍貴のポケットから、青いカードがはみ出していた。


「ねえ、そのカード、なんなの?」


麗奈れいなちゃんがくれたの。凄いカードなんだよ」


 龍貴はパスタに粉チーズを雪のように振りかけていた。


「どんなふうにすごいの?」


「このカードを渡された人は、自分の秘密を打ち明けないといけないの」


「ゴホッ! そりゃすごいわ。麗奈ちゃん、何年だっけ?」


「同じクラスだよ」


「それで、龍貴は秘密を打ち明けたの?」


「うん!」


(すごくイヤな予感がする)


「なにを打ち明けたの?」


「うちのママは僕と同い年なんだよって」


「あちゃー」(これはマズい。麗奈ちゃんママからどこまで噂が拡散してるだろう)


「ママ、大丈夫だよ。秘密を聞いた人はそれを誰にも言っちゃいけないんだから」


「そうなんだー。ああ良かった」(そんなわけ、あるかーい。あのしゃべくりマダムが黙ってるわけ無いでしょーよ)


「あ、しまった!」 龍貴が片手にフォークを握りしめたまま立ち上がった。


「どうしたの?」


「カードの秘密、いま全部しゃべっちゃった!」


(いま気づいたってか?)


「どうしよう。天罰がくだるんだ」


「天罰ってなんなの?」


「僕の秘密がみんなにわかっちゃうんだって」


(お前のじゃなくて、ママの秘密な) 

 

 でも龍貴は涙目だったので、ママは優しく背中をさすった。


「大丈夫よ。ママが誰にも打ち明けなければいいんだから」


「ダメだよ。パパには言うでしょ?」


「言わないよ。秘密にしとく」


「ほんとに? でもそしたらパパがかわいそうじゃない?」


「! おまえはほんとうに優しい子だねえ」


 ママは息子を抱きしめた。すると。


「いいことがある!」


 龍貴はママを振り払った。


「どうしたの?」


「僕ね、どうしても秘密が言いたくなったときに使おうと思って、さっき、お庭に穴を掘っておいたの!」


「穴?」


「ママの読んでくれた本に出て来たでしょ。王様の耳はロバの耳っていうの」


「ああ、ギリシャの昔話ね」


「今掘ったばかりだから、ママ、先に叫んで良いよ」


「え? ママから?」


 龍貴は母の手を引っ張って庭に降りた。


「ほら、はやく」


「よおし。ママと龍貴は同い年ーっ!」


「ママと僕は同い年ーっ!」


 そこへ今まで床屋に行っていたパパがやって来た。


「なにしてるんだ?」


「パパ! いまね、秘密をこの穴に埋めていたの!」


「秘密?」 パパはママの顔を見た。


「わたしの年よ」 ママは頬を赤くした。


「僕もママも叫んだんだ。パパも叫んで良いよ」 龍貴が泥だらけの顔で笑った。


「そうか」 パパは地面に膝をつくと龍貴の掘った穴に顔を近づけて叫んだ。


「うちのママの年は、四十一歳でーす」


「ええっ?」


 龍貴が目を丸くしたのと、ママが顔を真っ赤にしてパパのお尻を叩いたのは同時だった。


「なんで俺を埋めるんだよお」


 顔から穴に突っ込んだパパを龍貴が助け出しているうちに、ママはプンプン怒って部屋に入ってしまった。


「パパ、ママは僕と同い年なんでしょ?」


そっと龍貴が訊くと、頭から泥だらけのパパが笑って言った。


「それは秘密です」

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