よくある勇者と魔王の物語
ありさと
第1話 アレクサンダーの場合
皆んな死んだ。
帝国の第一王女で聖女のフォーニアも、Sランク戦士のガレスも、魔塔の長である魔導師のアリスも、闇ギルド出身で斥候のヤーマンも。
「ついに余と貴様だけになったな。」
俺の目の前には翼を失い、片角となった異形の者が立っていた。
「ああ。…覚悟しろ、ダーナス!」
俺の名前はアレク。魔王ダーナスを打ち滅ぼすために光の女神に選ばれた勇者。
今、まさに最後の戦いが始まろうとしていた。
人類最後の希望である俺達は、幾多の試練を乗り越えて魔王城へと辿り着き、魔王ダーナスを滅ぼす一歩手前まで追い詰める事に成功した。
しかし、支払った代償は大きかった。
魔導師アリスは今は失われた極大魔法でダーナスの背中の翼を焼いて空から落とす事に成功するも、自身の放った魔法に魔力回路が耐えきれず、内臓を焼かれて息絶えた。
その後の地上戦で、斥候のヤーマンと戦士ガレスがダーナスの魔力源である二本の角を折るために共闘し、囮となったヤーマンが真っ二つに切り裂かれた一瞬の隙をついてガレスがダーナスの角を一本叩き切る事に成功したものの、ガレスは盾ごとダーナスの魔剣で首を飛ばされて死んだ。
聖女のフォーニアは常時ダーナスの身体から発せられる腐食性のガスから仲間を守るシールドを貼り続けたが、つい先ほど全ての聖力を使い果たしダーナスの腐食ガスをもろに浴びてグズグズに溶けた。
俺はそんな仲間達の尊い犠牲のおかげでダーナスの急所、胸にある深紅の魔核を外へ引き摺り出す事に成功し、今はダーナスの猛攻を防ぎながら奴の胸に聖剣を叩き込む隙を伺っている。
「クックックック、見事だ勇者よ。…我を滅するお前に、いいものをやろう。」
そう言うとダーナスの赤い瞳が輝き、銀色の髪が暗闇に広がった。
恐らくこれが奴にとって最後の攻撃。次で勝敗が決まる。俺はダーナスの奥義である極限魔法が来ると身構えた。
しかしダーナスは意外な攻撃に出た。
なんと、光の勇者である俺の反応速度を上回る速さで俺に殴りかかったのだ。
ダーナスの放った拳が俺の顔にめり込んで左目が潰れる。そしてダーナスは返す手で俺の左腕を引き千切ったのだ。
飛び散る鮮血。
しかし俺は怯む事なく、こちらの間合いに入ったダーナスの胸に聖剣を突き立てた。
直後、ダーナスの断末魔が世界を震撼させた。
こうして、多大な犠牲を払って魔王を討伐した俺は、転移スクロールを破ってハーベルト帝国の城へと帰還した。
たった一人で戻った俺を皇帝はすぐに謁見の間へと招集し、事のあらましを全て説明するように命じた。
謁見の間には皇族達と帝都に居を構える殆ど全ての貴族達が集められていた。
俺は全ての注目を浴びながら魔王の最後を詳らか語り、そして俺の話を聞き終えた皇帝は、
「そうか、フォーニアは最後まで己の役目を果たして逝ったのか。」
高い王座から俺を見下ろしながら沈痛な面持ちでそう呟いた。
途端、その右隣に座る皇妃が我が子の死に声を上げて泣き崩れた。
左隣に座る側妃は扇で口元を隠しつつ、俺に労いの言葉をかけた。
一段下がった場所に立つ皇弟は、仲間達の亡骸を回収する様に部下に命じた。
「…多大な犠牲はあったが、勇者が無事に魔王を打ち果たした事を全大陸に知らしめるのだ!!!」
皇帝がそう高らかに宣言すると、静まり返った会場は歓喜に湧いた。
遂に魔王が滅びた。人類の完全なる勝利だ。
その立役者である俺に皇帝は、続けて褒章の話を持ちかけた。
その夜。
俺に当てがわれた部屋に黒づくめの集団が音もなく天井裏から舞い降りた。
その身のこなしは軽い。男達は気配を消しながらベッドの周りを囲んだ。
月明かりに男達の持つ短剣がギラリと光る。男達は互いに頷くと、俺が寝ているベッドの膨らみへと短剣を一斉に振り下ろした。
「なっ!?違う!!……探せ!」
しかし真っ赤に染まったシーツの中から出てきたのは
男達―――帝国の暗部は、俺の寝酒に強力な睡眠薬を入れ俺の暗殺を企てたのだ。
満身創痍の今の俺なら殺れると思ったのだろう。しかし事前に暗殺されると分かっていれば逃げる方法などいくらでもある。
それから数十秒後。
『ドーーーーーンっ!!』
激しい閃光と共に俺の仕掛けた複数の魔道具が破裂し、部屋どころか建屋が粉微塵に吹き飛んだ。
しかし俺はその光景を知らない。
何故なら暗部が俺を殺しに部屋へ現れる一時間前に、俺は既に逃走していたからだ。
俺は例の侍女が首尾を暗部へ報告するのを待ってから気絶させ縛って俺の身代わりに仕立て、城の宝物庫から拝借した魔道具が暴発する仕掛けをしてから、転移の魔道具を使って故郷の村へと一気に飛んでいた。
だから、爆心から遠く離れた皇族達の居住区のガラスが爆風で割れ、砕け散ったガラス片が側妃の子である王子の顔面を直撃していた事など知る由もなかった。
俺の故郷は帝国から遥かに南にあった。
馬車と船を乗り継いで二か月はかかる辺境の小さな島国。そんなド田舎の村で生まれ育った俺は、15歳の誕生日に伝説の勇者の印を発現させた。
両親も村の皆もまずは驚き、次に魔王からこの世界を救済する伝説の勇者の誕生に島中総出で祝杯を上げた。
しかしそれから半年後、遠く離れた帝国からやってきた軍艦を目の当たりにした島民達は、俺がこれから成し遂げなければならない過酷な旅路を想像して意気消沈した。
もしかしたらアレクは二度と戻って来ないかもしれない。
俺が出発する前の晩、故郷の村はまるで葬式でもあるかの様に静まり返っていた。
「絶対に絶対に、俺はお前の元へ帰ってくる!……だから、俺が戻ったら結婚してくれ、ハンナ!」
俺は意を決して幼馴染のハンナにプロポーズした。ハンナは顔を赤らめながらコクンと頷き、俺達は村の慣例通りにお互いのピアスを片方ずつ交換して大人の階段を上った。
あれから8年。
随分と待たせてしまったが、俺はあの時した約束を果たすために、こうして村へと戻って来た。
ところが、である。
(嘘だ!!こんな事がある筈ない!)
魔王討伐中に思い描いていたハンナとの甘い新婚生活を想像しながら、ハンナの家を訪れた俺は、目の前の光景に目を疑った。
そこにいたのは見知った二人の男女。ハンナの面影を宿した大人の女性と、同じく大人の男へと成長した俺の二つ下の弟、ケインだった。
二人は仲睦まじく寄り添い、そしてハンナの腕の中にいる赤ん坊をあやして笑っていた。
(あの赤ん坊は…?)
旅立ちの朝。ハンナは「ずっと待っているから。絶対に生きて帰ってきて!」と俺の胸に縋って泣いた。それなのに―――
(これは一体どういう事だ!?)
頭に血の上った俺は乱暴にドアを蹴破ると、中にいる二人を睨み付けた。
「ハンナにケインっ!これはどういう事だ!!!」
突然の俺の登場に、ハンナとケインが目を見開いて驚く。
「アレク?!…えっ!?」
「兄さん?!」
慌てて俺に駆け寄った二人に、俺は怒りのままに叫んだ。
「その赤ん坊はなんだ?!二人して俺を裏切ったのかっ!!」
それを聞いたハンナの顔がみるみる険しく赤らみ、ケインがハンナと赤ん坊を守るかの様に俺の前に立ちはだかった。
「何を今さら!私を先に捨てたのはアレクじゃない!」
『何を今さら!私を先に捨てたのはアレクじゃない!』
そしてハンナは、その頭の上に浮かび上がった文字と全く同じ言葉を俺に向かって叫んだ。
「受け取れ…勇者よ。」
あの時。
ズブズブと魔王ダーナスの胸に深く聖剣を突き刺した俺に、ダーナスはいきなり自分の左目に指を突っ込んで眼球を取り出し、それを俺の潰れた左目に無理矢理押し込んだ。
突然の事に反応出来なかった俺に凄まじい痛みが襲い掛かる。俺は頭を抱えてダーナスから飛び退いた。
「それは真実が見える魔眼。…呪いの魔眼だ。」
『余を殺してくれた事に感謝する。…勇者よ。』
魔王が口を開くと、その頭上に何故だか赤色の文字が浮かびあがった。
「余を殺したお前が次の魔王となる。腕も再生してやろう。」
『長かった。本当に長かった。…これでやっと解放される。』
意味が分からず呆然とする俺に魔王がパチンと指を鳴らすと、捥がれた俺の左腕がみるみる元に戻った。
いや、再生した腕は紫の皮膚に赤い爪。どう見ても普通じゃない。
「ちょっと待て、次の魔王?どういう事だ!」
「そのままの意味だ。今日からお前は魔王。この世界の支配者だ。」
『そのままの意味だ。今日からお前は救済者。この世界の護人だ。』
しかし焦る俺に魔王は満足げに微笑むと、サラサラと灰となって消滅した。
一人、荒野に取り残された俺は意味が分からず混乱していると、魔王が再生した紫の左腕がウヨウヨと蛇の様に波打った。そしてそこから奇妙なものが現れる。
魔王が俺の左目に遺したのは、見た者の本心が文字として見える魔眼。但し、この魔眼にはその者が口を開いている間だけという制限が付いている。
「面白いでしょ?新しい魔王様!これからどうぞよろしくね!」
『使い方はこんな感じ。制限が付いてるけど便利な魔眼だよ!』
それはそう言うと、俺の腕から分離して自分を下僕魔人のアイと自己紹介して俺の前に跪いた。
確かにこの魔眼は使えた。
口を開いている時しか本心が見えないという制約が付いていても、この魔眼はかなり便利だった。
おかげで俺は皇帝が俺を暗殺しようとしている事を事前に知る事が出来た。
皇帝が俺に褒章の話をし始めると、口を開くたびにその本心が目の前に現れた。
皇帝は
フォーニアが死んだ事も表面上は娘の死を悼む父親の顔をしていたが、内心は
いくら政略結婚で結ばれた皇妃との間に出来た娘だとは言え、その死を喜ぶとはなかなかのクズっぷりだ。
俺が皇帝が提示した帝国への帰属(貴族になんかなりたくない)を断り多額の報奨金を要求すると、皇帝は口では残念だと言いながら、本心では魔王を倒した勇者が平民のままだと国の9割りを占める同じ平民共が増長するだろうが!と激しく俺を罵り始めた。
それに加え、魔王亡き後、勇者の力は必要ない。寧ろ勇者は一人で帝国軍を相手に出来る程の過剰戦力。このまま
そしてそれは速やかに遂行された。
いくら俺が勇者であっても事前にこの事を把握していなければ防ぎようがなかっただろう。魔王を倒して戻って来たその夜に、まさか国の暗殺部隊の精鋭達を送り込まれるだなんて。
俺の担当となった侍女が、勇者殺しという大罪を実行する緊張からか、うっかり余計な事を喋ってくれたおかげで、俺は既の所で暗殺を免れた。
勇者殺しを企んだんだ。その報復はきっちり受けてもらう。俺は湯浴みをしている様に見せかけ、城の宝物庫に忍び込んで魔道具を部屋に仕掛けた。
元々転移の魔道具を取りに行くつもりだったので、そのついでにいくつか拝借したのだ。
あれだけの魔道具が爆発すれば被害は相当なものになるはずだ。俺の生死も暫くは把握できないだろう。
(ま、奴らが俺の行き先を辿る頃には、俺はハンナと一緒に帝国の手が届かない場所へ飛んでるけどな。)
ここまでくるまで色々あったし、今後も色々あるだろうが、俺は愛するハンナがいればそれでいい。
ハンナとの未来を想像しながら意気揚々と俺は故郷へ帰ったのだが、そこで待っていたのはハンナと弟のケインの信じがたい裏切りだった。
「アレクがここを去ってから8年。私はずっとアレクの帰りを待っていたわ。」
目の前で泣き出したハンナの声に俺はハッと我に返った。
その頭上に浮かび上がった文字に偽りはない。皇帝とは全く違うハンナの素直な言葉に俺はホッとする。
「それならどうして、そのまま俺を待ってくれなかったんだ?」
俺は幾分かの冷静さを取り戻してハンナに問いかけた。するとハンナは目の前で両手を握りしめてフルフルと首を振った。
「だってずっと音信不通だったじゃない!!私が手紙をいくら出しても何の返事も来ない。だから思ったの。アレクは光の勇者で、周りには高貴で綺麗な女の人達がいっぱいいる。ただの村娘である私の事なんてきっと忘れたん…、」
「嘘だ!」
『バキッ!!』
俺はハンナの言葉を遮り、俺は目の前のテーブルに両手を振り下ろした。
テーブルは真ん中で真っ二つに割れ、四つ足が床にめり込んだ。
その光景に二人は真っ青になり、赤ん坊がギャーと火が付いた様に泣き出した。
「…俺はハンナから手紙なんか貰った覚えはないぞ!」
「ア、アレク兄さん。ハンナの言葉は本当だよ。」
ケインが震える声で俺の名を呼び、大声で泣く赤子を抱いたハンナを後ろ手に庇った。その様子に俺の眉間に皴が寄る。二人の頭上に浮かんだ文字と発した言葉に違いはなかった。
「俺は道中、村や街に着く度にちょっとした物を添えてハンナに手紙を出してたぞ!!それこそ百通近く…。」
睨み付ける俺にハンナはフルフルと首を振った。隣に立つケインも同じ様に首を振る。
「まさか、本当に届いてなかった…?」
愕然として俺はペタンと椅子に腰を下ろした。
(そんな馬鹿な!どうして俺達の手紙が届かなかったんだ?……それにしても…うるさい。)
俺がギラリとハンナの腕の中で泣き叫ぶ赤ん坊を睨み付けると、ハンナは俺の目線から赤ん坊を庇いながらケインへと手渡し、ケインは慌てて赤ん坊を隣の部屋へと連れて行った。
ようやく静かになった。これで話が続けられる。
「…手紙の事だけじゃないの、私がアレクを諦めたのは。……今から6年前。アレクが帝国の第一王女で聖女様でもあるフォーニア様と婚約したって…、」
「まさか!!俺とフォーニアはそんな関係じゃない!」
「いいや、兄さん。ハンナの言った事は本当だ。全世界に大々的にそう発表されたんだ。」
立ち上がって叫んだ俺に、隣の部屋から戻って来たケインは俺に一枚の新聞記事を手渡した。
そこには確かに俺とフォーニアの婚約が整ったと書かれており、着飾った俺達の絵姿が載っていた。
「違う!こんなのは出鱈目だ!!」
新聞を引き千切った俺に、ケインが更に一通の手紙を差し出した。
「僕達だって信じたくなかった。でも、婚約発表から暫くしてこの手紙が届いて…。」
それは帝国皇室の封蝋が押された豪奢な手紙だった。
差出人の名前はフォーニア・ハーベルト。筆跡は見知った彼女のもので、宛名は俺の両親になっていた。
俺は慌てて中身に目を走らせる。端的にまとめると、俺とフォーニアが結婚してハーベルト帝国の次期皇帝となるので喜べ。そんな内容だった。
「事実無根だ!…俺が愛しているのは今も昔もハンナ!お前一人だけだ!」
手紙を握りつぶしながら俺がそう叫ぶと、ハンナは隣に立つケインの腕にそっと寄り添いながらフルフルと首を振った。
「ごめんアレク。この8年、ケインは帰らないアレクの代わりに私の傍にいて、ずっと私を支えてくれてた。」
「嫌だ!そんな事を言わないでくれハンナ!」
俺はハンナとケインの前に跪き、ハンナのスカートの端を掴んで懇願する。
「結婚して娘も生まれたし、私はケインを心から愛してる。もう私の事は忘れてアレク。」
『いつ死ぬか分からない英雄を心配して生きるのは、もう沢山!私は平穏に生きたいの!』
ハンナの発した言葉と、浮かび上がった言葉が初めて異なった。
ハンナの本音を見た俺の両目から、涙が溢れ出た。
ハンナはそう言うと、肩を奮わせて俺に背を向けた。ケインはそんなハンナを愛おしそうに抱きしめると、額にキスして抱き締める。その親密な二人の姿に俺は歯を食いしばった。
ハンナは長い間、苛烈な魔族との戦いに身を置く俺の事を案じて心をすり減らした。そんなハンナが同じ思いを持つ弟のケインと、心を通わせる様になったのは自然な事だったのかもしれない。
だが、しかし。
俺はどうしても納得する事が出来なかった。
(俺だって好きで勇者になったわけじゃない!こんな身体になってまで魔王を倒したのに、帝国からは暗殺者を差し向けられ、故郷に帰れば愛した女は弟と結婚して赤ん坊まで!!)
俺は怒りのままに泣きながら床を殴りつけた。俺の渾身の一撃に、床が土台から粉々になり、風圧で二人が近くの壁まで吹っ飛ばされた。
「ケイン!!ケイン!返事をして!!いやーーー!」
ハンナを庇って壁に激突し、動かなくなったケインに縋って泣くハンナの叫び声で俺は我に返った。
「ハンナ…?ケイン…?」
「ごめんなさい。ごめんなさい!お願い許してアレク!」
『嫌よ!嫌!怖い!こっちに来ないで、この化け物が!』
自分のやった事に戸惑う俺に、ハンナは額を擦り付けて泣きながら土下座し、それを見た俺は言葉を失って立ち尽くした。
「そろそろ聖女サマがヤバそうだよ。」
誰にも見つからぬ地下深くに異動させた魔王城で、始まりの村から山一つ超えた森の中でゾンビ化したフォーニアと勇者一行が戦っているのを、俺は遠い場所での出来事を目の前で再現させる映像魔道具を通して見つめていた。
零れ落ちる腐肉を繋ぎ止めるために包帯で固められた身体に虚構の瞳。かつて聖女だった女は勇者の連れである魔女の炎をまともに喰らって焼け焦げていた。アンデッドであるフォーニアは死にはしないが、他と違って魂を入れてある分、あまり酷使すると後が面倒くさい。
「フォーニアを回収して、代わりにガレスを送ってくれ。」
俺はたった一人の配下である下僕魔人のアイにそう命じると、映像魔道具に送る魔力を絶った。後はアイがいつもの様に始末しておいてくれるだろう。
あれからどれだけの月日が経ったのだろう。
かつて光の勇者だった俺は、今は魔王アレクサンダーを名乗り、約50年周期で誕生する勇者を旅路の序盤で全て抹殺している。
魔王となった俺の肌は全身紫色に変色し、額には魔王の証である二本の角。背中には漆黒の翼が生え、金色だった髪は銀に変わり、瞳の色は血の色に染まった。
今の俺は俺が倒した魔王ダーナスと同じ容貌に変化していた。
こう疑問に思った事はないだろうか?
なぜ魔王は勇者が生まれた直後に自ら手を下さないのかと。そうすれば簡単に勇者を倒せるだろうに…と。
勇者は魔王城を目指して旅路に出る。そして次第に強くなっていく魔物を倒してレベルアップし、最後に魔王を打ち取って物語は終わりを迎える。
この王道ストーリー、おかしくはないだろうか。これではまるで魔王が勇者が死なない様に序盤は雑魚を差し向け、段階を踏んで少しずつ勇者を強化し、自分を殺せる勇者を育成して導いているようじゃないか。
因みに今代の勇者は帝国が滅んだ後に誕生した王国の王子。
勇者で王子だなんて恵まれ過ぎだろ?しかも奴の仲間は全員が女。勇者は俺を討伐した後、幼馴染で聖女でもある侯爵令嬢を正妃に迎え、魔女と女剣士と格闘家の三人を同時に側妃に召し抱えるのだとか。
奴らの旅路を偵察に出したヤーマンの目を通して覗き見したら、城を出てすぐの始まりの村での王子のあまりの盛り様に、その辺りがすっかり枯れている俺は割と引いた。
こんな色ボケ王子を俺の後継になど誰がするか。
俺は左腕に閉じ込めたダーナスから引き継いだ本当の配下である魔物達をしっかりと封印し直し、いつもの様に対応する。
この魔物達と俺の命が続く限り、勇者が魔王化する事はない。
実はダーナスを討伐した直後、俺は勇者だけが使える空間魔法を使って死んだ4人の遺体を持ち帰っていた。
平民でありながら勇者になった俺を、こいつらは旅の間ずっと虐げ続けていた。平民と貴族。生まれる前から雁字搦めに縛り付けられた根拠のない差別を、あの頃の俺は当たり前だと受け入れていた。
だが、俺が勇者としてレベルアップしていくと、こいつらは俺の力に媚びへつらう様になっていった。俺はあっさりと掌を返したこいつらを益々嫌う様になった。
魔王討伐の直前、俺はこいつらに光の勇者の最終奥義は『死者蘇生』だと嘘を教えた。俺の守護者である光の女神は生を司る。だから俺の嘘をこいつらは簡単に信じて簡単に命を落としてくれた。
俺は持ち帰った死体を魔物に改造し、俺に忠実な軍団を作った。
魔導師アリスはその身体に残った魔力を取り出して
生前のこいつらの性根は腐っていたが、それぞれの身体は最高峰なので、こうやって使う分には勝手がいい。それにうっかり勇者に倒されたとしても、魂のない入れ物でしかないこいつらは身体を修復すれば何度でも復活させる事が出来る。
但し、俺を陥れたフォーニアだけは魂を天から引き摺り降ろして腐った身体に閉じ込めてやった。
魔王となった俺には『死霊術』は簡単だった。死体に魂を入れたんだ。これも立派な死者蘇生だろう。望みを叶えたんだ、その分はちゃんと働け。
魔王を倒した俺は、次代の魔王を育てて討たれる迄は死ねないとアイは言った。
その言葉が信じられなかった俺は、思いつく限りのありとあらゆる方法で自殺を試みたが本当に傷一つ入る事なく、俺は全てを克服していた。
死ねない身体に制限付きとはいえ真実が見える魔眼。
俺は人に紛れて生活するのを諦めた。
多分、俺の心はハンナを失ったあの時に死んでいる。
今日も俺は勇者を屠る。魔王を継がせられる勇者が現れるまで俺は殺し続ける事だろう。
よくある勇者と魔王の物語 ありさと @pu_tyarou
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