海辺②
海辺②
咄嗟に立ち去ってしまったが行く宛てなどない。
あのもの達のそばに居る事が辛いのじゃ。
少し、少しだけ離れて月でもみていよう。そうすればいづれは心の波も静まるはずじゃ。
なぜワシは、酷く心が荒れているのじゃろうか。
戦士が僧侶と話す度に、心が締め付けられるのはなぜじゃ?
今までそんな場面は腐るほど見てきた。
何を今更落ち込む事があろうか。
それに、あやつとは出会って数日じゃ。日が浅すぎる。それなのに何故こうも頭にこびりついて離れぬのじゃ。
いや、山越えで精神が疲弊しておるのじゃろう。
きっとそうじゃ。
この涙も心の痛みも、全部あの山越えのせいじゃ。
「ふぐぅ……ぅ……なぜ止まらぬ! ひっく……ワシは辛くなどない! 悲しくもない! なのになぜ、お前(涙)は止まらぬのじゃ」
この感情はしっておる200年ほど前にも、似たような事があった。
もう、二度とこんな思いはしないと決めておったのに。
あんな阿呆の何がいいのか、自分でもよく分からぬ。
恋とは、辛いものじゃな。報われる恋などワシは知らぬ。そんなものは、知らぬのじゃ。
そんな時、ふと隣に誰かが腰をかけた。
全く空気の読めないやつじゃな。
そいつはワシを見るなり急に泣き出しおった。
「な、なぜ泣くのじゃ!?」
首を振るだけで何も答えぬ。一体この男は何をしに来たのじゃろう。
どうしてやる事も出来ず2人で泣いていると、隣のヤツがワンワン声を出してきおる。
馬鹿者が、先に泣いておったのはワシなのに、何故それを超えて大泣するのじゃ!
まるで幼子じゃな。大の大人が恥ずかしげもなく大声を上げてボロボロ泣きおる。よく見れば鼻水も垂れ流しではないか。
ううむ、やはりぶっさいくじゃのぅ。
「ぷっ……ふふ、あっはははは!」
ああもうダメだ、堪えきれぬ。こんなぶさいくな泣き顔など耐えきれぬわ。
「な、なんで笑うんだよ!?」
勇者は慌てた顔で振り向くが、目が真っ赤じゃのぅ。一体なにがそこまでさせるのか、不思議で仕方ない。
何か理由があるのか、それともただの情緒不安定か。
何にせよ、こやつのぶっさいくな泣き顔を見たら嫉妬も逃げたしおった。その点は感謝せねばならんか。
「お主の為に1つ助言をしてやろう」
「……じょ、助言?」
「うむ。お主、女子には泣き顔を見せないほうが良いぞ。なんというか、物凄くぶさいくじゃ」
そう言うと勇者は、豆鉄砲でもくらったような顔で数秒キョトンとしていた。全くの予想外の言葉だったらしい。
そして数秒後、ようやく脳の処理が追いついたのか笑っていた。
ワシも何が面白いわけではないが、自然と頬は緩んでいた。
しばらくの間2人で月を見ながら大笑いしていたが、こう言うのもたまにはいいのかもしれんの。
最近は色々な事がありすぎて、ワシらはまいっていたのやもしれぬ。
くくく、相手が想い人ならもっと良かったのじゃがのぅ。
◇
魔族領までの道のりはまだ少しある。
港町からだといくつかの集落を経由せねばならん。ワシの記憶が間違っていなければ、集落では一悶着ありそうじゃ。
魔族領が近くなればなるほど、大地は荒れ、人も荒む。まるで邪悪な土地に侵食されているようじゃ。
この港町より先、人の往来が極端に少ないのはそのせいじゃ。
人間領とはいえ、危険区域というやつじゃな。
港町を出る直前、勇者が振り返り真剣な表情で口を開いた。
「皆、出来る限りの準備はしたけど、ここから先は多分……もっと辛い旅になるはずだ。それでも俺についてきてくれるか?」
やはり、勇者も知っておったか。
これまでの道のりも楽ではなかったが、それ以上になるのは確実。
他のものも分かっておるじゃろうが、選択肢を与えるとは誠実というかマヌケというか。
「今更何言ってんだよ勇者! 俺達で魔王を倒すんだろ?」
「ふふ、そうですよ勇者さん。皆で力を合わせればきっとどんな困難も乗り越えていけます」
戦士と僧侶の言う通りじゃな。
ここで降りるなら山は越えられなかったじゃろう。
「愚問じゃな。ほれ、さっさと前を歩かんか」
杖先でコツンと頭をたたくと、勇者は少し涙を浮かべ笑顔で頷いた。
全くこやつは涙脆いのぅ。
「ありがとう……行こう! 皆!」
勇者は魔王が倒せない 吉良千尋 @kirachihiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者は魔王が倒せないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます