油断大敵

三咲みき

油断大敵

 目を開けると同時に、部屋の明るさに違和感を覚えた。カーテンから差し込む光。いつもより日が高いような気がする。それはちょうど、家を出るときのような………。


 ガバっと身を起こし、スマホで時間を確認した。


「やばい!」


 嫌な予感は的中。あと十分で家を出る時間だった。七時半にセットしたアラームは止められることもなく、そのまま消音となったようだ。今の今までぐっすり眠りこけていたらしい。

 急いで洗面所に行って歯ブラシを手に取った。こんなことなら昨日深夜ドラマなんか見なきゃ良かった。あと一日頑張ったら連休だからって、油断したのが間違いだった。社会人になって初めての寝坊だ。


 歯を磨きながら、考える。最短で家を出るには………。


 いつも余裕を持って二本前の電車に乗っている。そして、ギリギリ会社に間に合う電車は九時五分の電車だ。その次の九分発の電車だと間に合わない。駅まではおよそ十分。今の時刻は………。


 今度は机においてあるデジタル時計で時刻を確認する。


 八時四十分。ということは、あと、十五分で用意しなきゃいけないということだ。


 うがいをし、そのまま顔を洗う。


 ご飯を食べている時間はもちろんない。昼食はいつもコンビニだから、用意する必要はなし。水筒は………会社の自販機で水を買えばいい。メイクを五分で済ませて、四分で着替えと髪をセット。髪なんて一つにまとめて結べばオーケーだ。アイロンなんてやってる時間はない。


 石鹸を流し、タオルで拭きながら居間に戻った。チラッとデジタル時計を見ると、四十四分になっていた。


 残り十一分。大丈夫、いける。


 メイクを手早く済ませる。いつもダラダラとしているせいで、やたらメイクに時間がかかるのに、やればできるじゃん、私。


 スーツは、インナーだけ変えて昨日と同じジャケットでいいや。ストッキングはちゃんと座って履く。横着して立ったまま履くと、必ずバランスを崩して、時間ロスになる。焦るな焦るな。大丈夫。


 時間は……八時五十一分。残り四分。


 軽く髪を解いて、太いゴムで結ぶ。前髪が少し浮いている気がするが………大丈夫。誰もお前なんか見てない。


 洗面所から出て、必要なものを鞄に詰め込んでいく。スマホがあるからあんまり見てないけど、習慣だから腕時計もきちんと付ける。コートを着て、最後に電気を消して、パンプスに足を滑り込ませる。別売りで買ったストラップをつけ、コートからスマホを出して時間をさっと確認。

 八時五十四分。うん、大丈夫。一分余裕ができた。普通に歩いても駅まで十分はかからないし、走っていけばもっと早く着ける。


 起きたときはやばいと思ったけど、なんとか間に合いそうだ。案外時間はある。


 立ち上がり、玄関を出て扉を閉める。


 鍵は………、コートのポケットを弄ってみるが、スマホしか入っていない。


「あっ!」


 テーブルに置いたままだ。


「何やってんの!」


 前言撤回。時間はない。急いでまた玄関に入る。靴は………脱いでまたストラップを付けるのは、大幅な時間ロスだ。


 仕方ない、靴を脱がず、膝立ちで居間まで行った。


 バカバカ! なんで鍵忘れるのー!


 テーブルにある鍵をひったくり、再び玄関へ。


 定期とか忘れてないよね? 鞄を確認する。あるある。オッケ。さぁ、行こう。


 鍵を閉めて、非常階段の方へ走った。エレベーターなんて待ってられない。三階分、急いで降りると、そのまま駅まで走った。


 パンプスだと全力疾走できないのが辛い。もう既に、さっきので大幅に時間をロスしている。時計を見る余裕はない。


 社会人になって、まともに運動していないせいで、すぐに息が上がる。でも止まっている余裕は………。


「あっ!」


 パンプスが足から抜ける感覚。コケそうになって、思わず近くのガードレールを掴んだ。ストラップが取れたようだ。


「もー!」


 またもや時間ロス。たたでさえヒールで走りにくいのに!


 急いでストラップを付ける、立ち上がり、一歩を踏み出しながら、チラッと腕時計を見た。針は、五十九分を指していた。

 あれ? 案外ヤバくないのでは?


 このまま真っ直ぐ行って、横断歩道を渡れば、もうそこに駅の入口が見える。


 信号は赤。立ち止まると不安な気持ちになる。


 ここから、ホームに入る電車の姿を見ることができる。青信号になるまでに、電車が来なければ間に合う。


 よし、青だ! 再び走り、横断歩道を渡り切る。階段をのぼると、遠くから電車の音が聞こえた。


 来た!


 ラストスパート、速度を上げつつ、ポケットから定期を取り出す。改札を抜け、エスカレーターを駆け上がる。

 電車が視界に入ると同時に、発車ベルが鳴る。


 間に合え! 間に合え!


 車内に入ると同時に、背後で扉が閉まった。


 間に合った………。


 ホント、危機一髪だった。


 一日の仕事を終えたくらいの疲れがどっと押し寄せてきた。


 寝坊しても何とかなったな。駆け込むとき、車掌さんが私の姿を認めて、扉を閉めるのを待ってくれたのかも。運は私に味方してくれた。


 ひとまず、安心だ。


 肩で息をしながら、何気に腕時計に視線を向けた。


 時計の針は五十九分を指していた。


 あれ………?


 さっきも五十九分だったよね……?


 じっと見てると秒針は六を指したまま動いてなかった。


 止まってる………。


 全身から血の気が引いた。


 本当にこの電車は、九時五分発の電車? それとも九分発? 九分発なら、どうあがいても始業に間に合わないぞ。


 恐る恐るスマホの画面を見てみた。











 運は私に味方してくれなかった。

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油断大敵 三咲みき @misakimaru

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