23話 いつだって、自分たちで

 体育祭から、二週間近くが経った。

 あの制作の経験を経て、多くのものを得ると同時に思い出して。そのテンションと勢いのまま、得たものを活かしてまた新しく曲を作り、それを昨日アップロードして。


「…………まぁ」


 その結果である再生数を見て、燎は晴れやかな苦笑と共にこう呟いた。


「そう上手くは行かないよなぁー」


 結論から言うと、今までの自分と比べてそう変わるものではなかった。

 感覚の割には、と言ったところだろう。正直なところ、あの日の経験を活かした結果一気に壁を超えて再生数も大幅に伸びる──なんてことも考えてなかったとは言えない。

 ……出来れば笑わないで欲しい。多分、この手の『なんかすごいいけそうな気がしたものが実際は』系統のことは何かを作る人なら皆共感してもらえるあるあるだと思うので。

 何はともあれ、期待や夢想していたほどではなかった、ということだ。


「……でも」


 それでも、意外にも悲観はしていない。

 更に付け加えると、実を言えば今述べたほど悪いものでもないのだ。

 まず、今までの自分と比べてそう変わらないと言っても、それは今までの自分の『最高記録』と変わらないと言える程度の数値。ここからの伸び次第では更新も十分に狙える。

 ここまで半年以上相当に伸び悩んでいたことから考えれば、最高記録まで戻せた、というだけで紛れもない成果だろう。


 そういう意味で、手応え──『何か壁を抜けた感覚』は、間違いなくあった。

 それに、何より。今まで曲を上げて思ったほどの反響がなかった時に必ずついてきた、焦燥感や先が見えないような暗い感情が今回は微塵もない。次やってみたいこと、試したいことがいくらでもある。今すぐにでも、次を作ってみたくて仕方がない。

 それは、間違いなく良いことのはずだ。


「よし」


 そのことを再度確認し。燎はパソコンを閉じ、立ち上がるのだった。




 体育祭後のことを少しだけ話そう。


 例の動画の噂自体は当然と言うべきか、三日経たないうちに落ち着いた。けれど、時折あれの影響で今まで以上に自分のことに取り組んでいる生徒を見かけ、少しだけ喜ばしい気持ちになれている。


 続いて、燎と仲の良いクラスメイトたちについて。

 影司に関しては、彼もある種あの動画に触発されている人間の一人だろう。「今度は燎に頼らずあれくらいすげぇことを自分で考えたい」と言って、今まで以上に精力的に生徒会やその他諸々のことに取り組んでいる。

 そして、星歌に関してだが……彼女もあの動画の影響なのかは知らないが、何やら色々と考えているようである。それとなく聞いてみたところ、


「……うん、近いうちに燎に相談すると思う。今はちょっと歌関連で忙しいんだけど、それが落ち着いたら話聞いてもらって良い?」


 と相談の予約をいただいた。

 勿論快く受けさせてもらった。そこまで深刻、というか後ろ向きな雰囲気ではなかったので燎も心配はしていないが、彼女に対しては現在借りが相当に膨らんでいると認識しているので、何にせよ相談を受けた際は全力で乗らせてもらう所存である。


 ともあれ、そのような感じで。各々前向きに進むことができていると言って良いだろう。



 晴継にも、機会があって体育祭の一件を話した。

 驚きと憧憬が混じった様子で「本当!? 今の旭羽すごいなぁ」と言っていた。そこから続けて、自分の曲もある程度評価してもらったことについて畏れ多いというか困惑していることもついでに話してみると。


「そこまで気にする必要はないんじゃないかな?」


 とのこと。


「そもそも……これは僕の主観になるけど……むしろ君の場合、これまでが評価されなさすぎだったんじゃないかなって思うよ」

「……え」

「君くらい頑張っててちゃんとそれに見合う地力もある人が、旭羽で何もできないって方が僕にとっては不思議だ。……まぁだとしても体育祭の件に関しては予想外にとんでもないことしたなぁって思うけど、むしろそれも尊敬することだし」


 そこから、いつも通りの柔らかい口調で。


「それに、悩んでいたこともちゃんと解決したんだろう? その結果君の考えでそこまでのことができて、それをちゃんと評価されたっていうなら。きっとそれは身の丈に余るものでも過大評価でもない。素直に、誇って良いと思うよ」

「……ありがとうございます」


 その言葉にも、少しだけ心を軽くしてもらった。




 それもあって、現在もプラスの気持ちを保てている。

 次は、自分の力であれくらいのものを作りたい。あの日に抱いたその思いのまま、今すぐにでも次の曲を作り始めたいところだが……今日ばかりはそうも行かない。何故なら。


「かがりくんお待たせ! それじゃあ、早速行こっか!」


 今日は、ほたるとの約束がある。

 玄関から動きやすい服と共に出てきた彼女に促されるまま、燎も並んで歩き出した。


 何をするかというと……彼女の『私服描写のバリエーションを増やしたい』という目的による服飾店巡り。そう。以前ほたるが思いついて燎を誘い、当時の精神状態から燎が拒絶してしまった例の提案である。

 それに関するお詫びも兼ねて。改めて今日、彼女に付き合う運びとなったのである。


 そのまま、お互いの近況や作っているものの話をしている間に、流れでお互いの考えについての話題が出て──そこで、ほたるにこう聞かれた。


「じゃあかがりくん、今度はあたしから聞こっか。……こんなことやってて良いの?」

「なかなか意地悪な質問をしますね」


 まさしく、以前まで彼女との考えの齟齬だった点だ。

 けれど、ほたるも分かっているのだろう。燎がその件について既に答えを出していることを。だからこそ今改めてそれを聞きたくて、悪戯げな顔で……そして、奥にある気遣いも表面にほんの少し宿しつつ問いかけてきている。だから。


「良いんだと思います。俺にとっても、『やってみたいこと』なので」


 だから、燎も率直に答える。


「……勿論、俺にも夢があります。あの日憧れたような曲を作ってみたい、誰かの心を動かせるような曲を作れるようになりたい」

「……」

「でも、きっとそれだけじゃない。……それと同じくらい。夢に辿り着くまでに、何かを諦めるようなことをしたくないんですよ。あの日、あの曲を聴いた時に感じた思い。それを忘れないまま、どこまでも遠くに行ってみたい」


 入学してから、ここまでの経験。彼女から学んだことや、教えてもらったこと。それらをすべて踏まえての、自分の思いを。


「それに、望む場所にたどり着くために。曲だけ作っていれば良いというわけではないことも学びました」


 それはもう、嫌と言うほど。


「じゃあ具体的に他に何をすれば良いんだって言われると、まだはっきりとは分かっていないんですが……でも、とにかく。それを見つけるためにも、何でもやるべきだと思ったんです。『やってみたい』でも、『楽しそう』でも、とにかく心の動く方へ」


 これも抽象的な言い方になるし、少々曖昧で詩的が過ぎるかもしれないが。

 ──星を、集めようと思ったのだ。いつか素敵な夜空の曲を作り上げるために、自分が願ったことや感動したこと、心が動くものを、たくさん集めようと。

 自分は、いつか心を動かすものを作りたい。であればそのためにも……まずは自分の心を動かすものは、無視してはならないと思った。


 何より──無理に一つにこだわりすぎるより、そうやって心のまま走り抜けた方が、きっとずっと楽しい。ずっとずっと、頑張れる。

 それが最強だということも、ほたるに学ばせてもらった。


「だから、こういうことにも無理のない範囲で付き合わせて下さい。先輩の提案することは……まあまあとんでもないものも多いですけど……それでも、みんな楽しそうです」

「!」

「……俺だけ『楽しい』をもらってばかりなのは、ちょっと申し訳ないですけど」


 そこもどうにかしたいな、と思いつつ燎は締めくくるが、そこで。


「そんなことないよ」


 ほたるが、静かにそう答えた。


「先輩?」

「あたしだって、たくさんもらってるよ? そもそもこういうことを一緒にしてくれるだけですっごい嬉しいし、動画のことも絶対あたしだけじゃ思いつかないことで、他のすごい人たちときみと一緒に作るのはとっても楽しかった。──それに」


 くるりと振り向いて、真正面から薄紫の瞳で見据えると。


「言ったじゃん。あたしは、仲間が欲しいの。あたしと同じくらい遠くのとんでもな夢を持って、そこに向かって全力で、今までよりずっとずっと、どこまでも遠くに行きたいって思ってくれる子が」

「──」

「それできみは、おんなじようにそう在りたいって思ってくれた。というわけであたしが認めます! きみはあたしの仲間第一号です! 光栄に思うよーに!」

「え、あ、はい。ありがとうございます……?」


 途中からやや芝居がかった物言いになり、そこから唐突な宣言を受けた。少々困惑したが、ありがたく思うことは間違い無いので燎もそう答える。

 それを聞き届けると、ほたるはたっと距離を詰めて。


「だからね」


 ぱしりと、一つ。燎の手を取ると、その体勢のまま上目遣いで。

 くすぐるように、こう告げる。



「──そう簡単には、離してあげないんだから」



 そう語る彼女の表情は、いつもの快活かつ可憐な笑顔でありながら今まで以上の信頼がこもっていて。声色も、冗談めかした風でありながらも確かな思いが宿っていて。

 意外さと、美貌に浮かぶ少しばかり今までとは違うふわりとした表情に、思わず目を奪われると同時に息が詰まる。

 そのままほたるは再度笑うと、目的地へと向きを変え──それでも手は取ったまま。


「さ、行こっ!」

「っと……はい、そうですね」


 不思議と、今はされるがままでも良いかと思って。

 頷く燎を引っ張って、わけもなく駆け出すのだった。



 そこからはいつも通り、ほたるのややぶっ飛んだ言動に燎が突っ込んだり、手を取ったままだと普通に危ない場所だったので順当に離しつつ、でも心なしか近めの距離感ではしゃぐほたるを宥めたりして。


 そうやって、きっとこれからも。彼らは、いつだってどこだって馬鹿みたいに全力で。

 ──恥ずかしいくらいに、自分たちのまま。どこまでだって、走っていく。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここまで読んでいただきありがとうございます!

以上で一章は終了となります。そして、一旦ですがここで完結とさせていただきたく……!

二章以降の構想もあったのですが、現状の人気を考えると難しい+書いているうちに色々と粗も見えてきたので、一旦練り直す形にさせていただこうかと!

彼ら自体は作者も気に入っているので、またどこかで登場させてみたいなとも思っています。

改めて、一章最後まで読んでいただきありがとうございました!


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バンドを追い出された少年が一人だけ最高の高校にスカウトされ、隣の美少女先輩に癒されて作曲家として成功するまで。 みわもひ @miwamohi

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