サーバーの悪霊を祓う話

碌星らせん

読み切り『サーバーの悪霊を祓う話』

「なぁ、新人。これはアタシの持論だが……データってのは、そもそも幽霊みたいなモノなんだ」


 白い息。空調のたてる轟音。薄暗い部屋の中で明滅する、幾つもの微かな明かり。


「それをこれだけ集めたら。それはもう、ゴーストバスターの一人や二人、入り用になるとは思わないか?」


 無数のサーバーの合間縫って、金髪のレーシングスーツ姿の長身の美女が歩いてく。

 その後ろを、真新しい吊るしのスーツを着た、くせっ毛に不慣れなオフィスメイクの如何にもな小柄な新社会人が付いていく。


「それはそうと、どうしてこんなに寒いんスか……?」

「厚着で動きやすい恰好してこいってメールしたろ……メールチェックは社会人の基本だぞ、新人」

「スミマセン、パソコンとかそういうの弱くってぇ……」

「それなのに良くウチに来ようと思ったな……ガッツは買おう。わからないことがあればどんどん質問しろ」


 サーバーに最適な温度は18~27℃(ASHRAEガイドライン)とされ、概ね12℃以下では結露のリスクがある。

 だがそれは発熱源のサーバーがある環境の話で、メンテナンス通路がそれ以下の気温になることは決して珍しくない。


「既にレクは受けていると思うが、主にデータセンターの中の異常を解決するのがアタシらの仕事だ。異常と言っても、システムの故障じゃない。もっと異質な……まぁ異変とか、怨霊とか、怪異とか。そういう類いのものさ。実際に見ればわかる」

「それで、どうしてこんなに狭くて寒くて暗いんスか……」

「簡単だよ。ここは、人間が居るべき場所じゃないからさ」


 データセンター(DC)の中は、人間よりもサーバーのほうが優先される異界である。

 DCというのは、つまるところインターネットの頭脳だ。

 2023年の現在、国内DCの延床面積は推定3平方キロ。消費電力は約200億kWhにも及び、どちらも増加を続けている。わかりやすく言えば、一つの市町村に匹敵する面積に、原子力発電所何基分もの電力が注ぎ込まれている。

 その中には、現代社会を支える全てのデータが入っている。なんの比喩でもなく、世界を動かすシステムと、その記録そのものが。

 様々な知識や文献、写真や動画、とりとめのない呟き、金銭のやりとり、人のライフログまで……

 人類史上、ここまでの情報が一所ひとところに集積されたことは嘗てないだろう。

 いまや、DCのネットワーク上にはすべてがある。そして、それを実際目にする人間は、ごく僅かである。


 だから、ここでは何が起こってもおかしくはない。


 二人の目の前で。生気を失ったインフラエンジニアが、サーバーの異常を示すパトランプにフラフラと吸い寄せられていく。それだけなら日常の光景だ。だが、


「危ない!」


 女はエンジニアの首を引っ張り、床に投げ飛ばした。

 間一髪、開いたサーバーラックの蓋の奥から、巨大な舌と肉食動物めいた歯が飛び出す。


「……サーバーミミックだ」

「うわぁ……」

「アイエエエ……」


 エンジニアはその場でへたへたと座り込んだ。

 DCの異界化が進んでいる。良くない兆候だ。


「新人、覚えておけ。サーバーミミックはサーバーに擬態してエンジニアを捕食し、その脳から情報を盗み取る……捕食を重ねた個体ほど、擬態は巧みになっていく」

「あー、わかります〜流行りのChatGPTってやつっスよね」

「少し違う」


 女は呆れたように頭を掻く。

 いくらOJTといえど、もう少し業務知識を詰め込んでから送ってきてほしいものだ。

 入社試験で妙な抜け方をしたヤツがいると聞いて、期待はしていたのだが……


「助かった……のか? あんたらどこの社員だ?」

「本社から派遣されて来た臨時スタッフだ。ここは危ない、一旦外に出ることをお勧めするよ」


 女に「緊急事態用」と書かれたビジターカードを手渡され、エンジニアは逃げるようにその場を後にした。


「さて、あと少しだ新人。見えるだろう、あれが怪異……今回の障害の本体だ」


 女の指さす先に、2mほどの赤子のような何かが、空中に浮いている。

 サーバーから伸びたコードがへその緒のように突き刺さり、くるくると巻いている。


 インターネットは、額面通りに言えば確かに世界中と繋がっている。

 NYからアフリカの片田舎まで、あらゆる人間がネットを使い……そこで生まれた思いデータおりを生み、形をなす。

 放置すればDCを異界化させ、サービスそのものを蝕み……ネットワークの先に居る数多の人間に、様々な「よくない影響」を与える。

 そうしたものと戦うのが女の日常業務だ。だが、普通の人間がこの光景を目にすれば? 女は、新人の方を見る。今のところ、動じる素振りはないが……ここで慌てるようなら、適性なしだ。

 

「うわぁ……なンスか、あれ」

「この区画の使用者は……成る程。あれはざっくり言うと、エッチピクチャの霊だな」

「エッ……!?」

「たかが春画と侮るな。曲がりなりにも三大欲求、おまけにDCは霊脈近くに建てられることが多い。だから、力を吸ってあのサイズだ」

「なんでそんなとこに……」

「霊地近くは災害に強いんだと。洋モノはなさそうだな。神道ベースでいけるか……?」


 インターネットが世界中と繋がっているとはいえ、実際には言語や国境から自由なわけではない。だから、国内の異変相手なら概ね神道や仏法の基盤が通じる。DCの立地も味方する。

 とはいえそれでも、DCの怪異を祓うのは容易な作業ではない。普通の退魔や除霊とは勝手が違う。

 DC祓魔においては、サーバーを傷つけないことが第一優先となる。

 よって、通常儀式に使われるような聖水、酒、塩、火気は以てのほか。

 剣や錫杖はおろか、導電性のあるアクセサリーすらも故障リスクとなりうる。

 その他、現代魔法コードの類を使う情報デバイスの持ち込みも規制が厳しい。

 せいぜいが、付箋に擬態させた経文や祝詞、呪符。文房具に擬態させた法具程度。

 また、服装規定はないが、突起に引っかかりやすいヒラヒラした法衣、ポケットの多いものは避けたほうが無難とされる。防寒対策も無論必須だ。


 こうした特殊環境下にあるDCに特化した浄化式を扱える者は、業界の中でも数少ない。故に、大手のDCならば、異界化した区画全体を見捨てる手段すらあり得るが……

 彼女は、違う。


「よく見ておけ、新人。できるようになれとは言わんが、見ておくんだ」


 注連縄の代用としてLANケーブルをベルクロで束ね、養生テープで狭い通路に結界を描いていく。

 ドライバーに擬態させた法具を使い、神酒の代用として瓶のエナドリを捧げる。


「払い給え、清め給え!」


 メンテナンス通路に簡易的な浄界を設置する。

 巨大な赤子の瞳が、ぎょろり、とこちらを向き、その手足が地面に触れる。


「時間がない、手順の最終確認だ。新人の仕事は、あの怪異の注意をひくことだ。手段はなんでもいい、浄界にあの怪異を誘導しろ。その隙に、アタシが出元のサーバーを叩く」

「気を引くって、どうやって……」

「なんでもいい。歌っても、踊っても、呼びかけても。ただ、物を投げるのは危ないからやめておけ」

「うーん、はーい、ママですよー……?」


 新人がおっかなびっくり近づき、呼びかけた瞬間。赤子が、新人を見つめる。ゆっくりとハイハイで動きはじめる。


『マ……マ……』

「ひっ!」

「筋がいいぞ、新人! 幸い、ああいうタイプは生身の女には弱いことが多い!」

「男 な ん で ス け ど……!」

「む……それは失念していた。今どきの性別欄のないESも時と場合だな。だが、結果的には追いかけられているようなのでOKだ!」


 新人は必死でメンテナンス通路を走る。

 赤子はハイハイのまま、その後を追い……先程の結界に突っ込む。

 青白い火花が散り、そのまま赤子の動きが止まる。


 その隙に、女は豹のような素早い身のこなしでサーバーの上に上がり、ラックの天井を駆けだす。新人を横目に見ながら(どうやらひとまず適性があるようだ)、へその緒を辿って目当てのサーバーラックへ辿りつく。

 取り出すのは、サーバーへのアクセスに不可欠なコンソールケーブル。

 彼女はそれを拳に巻き……そして、飛び降りざまにサーバーの筐体を殴り飛ばした。

 スチールの筐体が数センチ凹み、へその緒が千切れる。


「新人、どうだ! これがコンソールケーブルの正しい使い方だ」

「絶対違うのでは……わかりませんスけど……」


 赤子のような怪異は、泣き声を上げながら悶え消える。やがてはその声も、空調の轟音に紛れて途絶えた。

 新人が、肩で息をしながら女のところへ駆け寄る。


「はぁ……はぁ……これで終わり、スよね……?」

「ああ。後は、ここのエンジニアに任せる」

「あと、サーバーごとさっきの結界張ったら、別に走り回らなくても良かったのでは……」

「そこに気づくとは優秀だな、新人。だがそれをやると、なんでか中身が壊れるんだな。まぁ、OSのカーネルに魔術でも入ってるんだろうが……GAFAMみたいなデカいところは、区画ごと捨てる覚悟でやるケースもある」


 浄界の後始末をこなし、二人はサーバールームの外へ歩みを進める。


「GAFAMにもウチらと同じような仕事、あるんスね……そっちが良かったな……」

「贅沢を言うな。ウチは国内だから神道と仏式だけで済んでるんだぞ」

「……他だとキリスト教とかスかね?」

「一口にキリスト教と言っても色々だからな……SNSの無国籍チャンポンは酷いぞ。イスラームとかヒンドゥー、道教とかFSM(フライングスパゲッティモンスター)とか、挙げればキリがない。おまけに、DCの立地次第では使えないのもあるが……まぁ、究極的には祓えさえすればどの宗派でも一緒だな」


 極まったエンジニアが、他のアーキテクチャに乗り換えても習得が早いように。「そういう次元」に到達した人間は、居ることはいる。

 だが、そうでない普通の人間は、少しでも多くの流派に通じて弱点リスクを潰していくしかない。

 それに……ユーザー数が増えれば増える程、DCの異界化は酷くなる。たかだか数十万、数百万人でこれなのだ。

 ユーザー数十億のサービスの中枢で、どんな異界が発生しているかなど。想像するだけで御免被る。


「あと、向こうに就職するなら、英語と、情報系の学位かITストラテジストくらいの知識は要るぞ」

「マジですか!?」


 「緊急」の表示が明滅するインターロックゲートを一人ずつ抜け、サーバールームの外に出る。その途端、打って変わった熱気が通り抜け、照明の光の明るさが目を焼く。


「……そういえば、ごはん、何にします?」

「新人、オマエやっぱり向いてるよ」


 受付で入館証を返却しながら、新人の問いかけに彼女は応える。

 人間の営みがデータを産み、データがおりを産む限り。

 彼女達の仕事は終わらない。


「せっかくだし、ガッツリ系がいいスね。この辺なにかあったかな……あっ、このレビューサイトのお勧めとかどうスかね」

「いいんじゃないか? ちなみに、そのサービスなら、さっきの角の三つ向こうで動いてるぞ」



【ひとまず完】

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