後編
◇ ◇ ◇
レヒメラの爪を手に入れたゲイラーは、マイアに言いました。
「お前は今日から私の妻となる。私の子孫に領主の血を残すために」
恐れるマイアを伴って、ゲイラーは宝物庫の扉の前へやってきました。
ゲイラーは今、領主の血筋を受けるマイアと、家宝のレヒメラの爪を持っています。
ふたつの鍵が揃った今、宝物庫の扉は開かれるのです。
◇ ◇ ◇
「急げよ、フーレン」
「分かっている。先に行け」
マイアを奪われたロジーたちは、城の前に集結していた。
その数は多く、城を護る兵士たちの数に迫っていた。
しかし城を護る兵士たちは武装しており、容易く突破できそうになかった。
空を飛べるロジーはひと足先に、マイアが閉じ込められている塔へ向かった。
「マイア! ここにいるのか!」
「ロジー! ここにいるわ! だけど逃げて! フーレンたちと一緒に!」
「何を言ってるんだ、今更。そんなこと出来っこない……けど、なるほど。そういうわけか」
ロジーの表情が曇る。
花嫁と言わんばかりに着飾ったマイアの後ろから、ゲイラーが現れたからだ。
ゲイラーの両手には十の指輪が填められていた。
それらはすべて、宝物庫で手に入れた魔法の指輪であった。
「久しぶりだ、ロズイーヒム!」
「おおっと、ゲイラーっていうのはお前のことだったのか。あの頃は羊のようだったのに、やっぱり悪人面になったな」
「人間は成長するんだ。もちろんお前に授けてもらった力もあるがね」
「そして今度は、その指輪を使って“成長”するわけだ。ところで大丈夫か。ちゃんとその指輪の使い方が載っている巻物を読んだか? 最初が肝心なんだ。三回は熟読したほうがいい」
「そんなことは必要ない!」
ゲイラーが叫び、両腕を高く上げた。
すると十の指輪がすべて光り、十の精霊が呼び出された。
精霊たちはすべて、ロジーのように光を生んでいた。
深夜のプラムトリの空が、昼のように明るくなった。
「さあ、私の精霊たち。そこにいるロズイーヒムを殺せ! 私に逆らう者たちすべて、マイア以外を殺し尽くすのだ!」
ゲイラーが大声で命じると、十の精霊たちの眼の色が変わった。
殺気に満ちた目でロジーを睨む。
対するロジーも、攻撃の構えを取った。
同時に魔法を詠唱し、万雷を呼びだす。
「精霊ども! 長いこと眠っていたせいで寝惚けているみたいだな! 俺が誰か、はっきり思い出させてやる。俺は人間には攻撃できないが、同じ精霊相手なら何をしてもいいって言われているんだぜ!」
万雷を呼びだしたロジーが、十の精霊目掛けて飛び込んだ。
対する十の精霊たちも魔法を詠唱し、ロジーと戦った。
その戦いは人知を超えていた。
今まさに、城の前で激突しようとしていた兵士たちも恐れるほどに。
万雷が轟くことで、兵士たちの半数が気を失った。
「さあ、目を覚ませ。精霊ども。俺の顔を見ろ。目が曇ってるなら俺が晴らしてやる」
ロジーが大風を呼び出し、十の精霊を包んだ。
十の精霊がなすすべなく風に揉まれていく。
そしてついに力尽き、城の中庭へ落ちた。
「さあ、精霊ども。俺の名前を言ってみろ」
「なんてことだ。貴方はロズイーヒム!」
「そうとも俺はロズイーヒム。だけど今は、ロジーだ。このロジーが、お前たちの主人であったことを忘れたか?」
「忘れていません、ロズイーヒム」
「ロジーだ。まあ、いい。ところで今日は、お前たちの主人としてではなく、お前たちの友として尋ねる。回れ右してよく見ろ。あの高い塔。あそこにふたりの人間がいる。ひとりは俺の友達。もうひとりは俺の悪い友達。お前たちが仲良くなりたいのはどっちだ?」
ロジーが高い塔を指差して言った。
塔にはマイアと、ゲイラーがいた。
「あの男は俺たちの指輪を持っている。俺たちはあの男に従わなければならない」
十の精霊が口を揃えて言った。
精霊というものは、必ず何かを「寝床」としている。
寝床がなければ、精霊は衰弱してしまうのだ。
十の精霊にとって、ゲイラーの持つ指輪が寝床であった。
「それじゃあ、お前たち。お前たちの寝床を利用した鎖を断ち切れば、お前たちは俺の友達と仲良くなれるのかい?」
「従うように命じる者より、従いたいと思える者に俺たちは付くだろう」
「お堅い答えだな。だからいつまでも指輪を寝床にしちまうんだ。だけど今はそんなこと関係ないな。待ってろよ。俺の友達が必ずお前たちを助けてくれる」
「あの人間が?」
「ああ、人間の友達がさ」
ロジーが頷き、高い塔にいるマイアに意識を向ける。
塔にいたマイアは、ロジーがこちらへ向いたことに気付いた。
どうしたのだろうと眉根を寄せると、耳元でロジーらしき声が囁きはじめた。
『やあ、マイア。俺の友達。ご機嫌いかが?』
ロジーの声に驚いたマイアは、左右を見回した。
しかしロジーの姿は見えなかった。
十の精霊を必死に操ろうとしているゲイラーの姿しかない。
『マイア。あんたにだけ話しかけているんだ。いいかい、よく聞いて。俺があんたに授けた「見通す眼」には、あらゆる流れを見る力が宿っている。その力でゲイラーの指輪をじっと見るんだ。指輪から精霊どもに向かって鎖のようなものが伸びているのが見えるだろう? マイア、あんたにはその鎖に触れて、鎖を断ち切る力がある』
ロジーの言う通りに、マイアはゲイラーを見た。
すると確かに、十の指輪から赤黒い靄のかかった鎖が見えた。
鎖は精霊たちに向かって伸びていた。
ゲイラーが何かを命じるたび、その鎖が強く引っ張られていた。
マイアはそっとゲイラーに近付き、その鎖を掴んだ。
瞬間、ひどい痛みが全身を駆け巡った。
しかしマイアは鎖を手放さず、必死に引き千切ろうとした。
「何をする! この女!」
ゲイラーが喚き、マイアを蹴り飛ばす。
それでもマイアは鎖を掴んで離さなかった。
ゲイラーに蹴られた痛みよりも、鎖から感じる痛みのほうが大きかったからだ。
そうしてついに、鎖が大きな音をたてて断ち切れた。
その音は、先ほどまで轟いていた万雷よりも大きかった。
マイアは全身に受けていた痛みと、音の衝撃を受けて気を失った。
中庭に倒れていた十の精霊は自由となり、戦う意思を放棄した。
「さすがは俺の友達だ! さあ、もう一仕事するとしよう」
ロジーが大喜びして、マイアとゲイラーがいる塔へ飛んでいく。
塔の中には、倒れているマイアと、呆然自失としているゲイラーがいた。
「さあ、ゲイラー。羊に戻る時間だ」
ロジーが言うと、我に返ったゲイラーが怯んだ。
十の指輪に力を込めたり、大声で兵士を呼んだりした。
しかし精霊も、兵士も、ゲイラーの下へ駆けつけることはなかった。
「嫌だ。ボクはせっかく強くなったのに」
「与えた力以上の力は、全部借り物だ。それらは全部返す時が来る」
「待ってくれ。もう一度機会をくれないか」
「機会は皆平等だ。だけど幸運と不運は平等じゃない。お前はせっかく手に入れた幸運に踊らされて幸運を棒に振ったんだ。諦めて羊に戻れ」
「その小娘だって、いつかは幸運に踊らされるさ」
「かもな。その時は俺がお仕置きしておくよ」
ロジーが片眉を上げ、ゲイラーに両手をかざす。
するとゲイラーに授けられていた不思議な力が、ロジーの手の内に戻った。
気を失っていたマイアが目を覚ましたころには、争いごとはすべて収まっていた。
城の前で激突する寸前であった兵士たちも、誰ひとり怪我をせずに済んでいた。
「さあ、マイア。これらのことは幸運だ」
「分かっているわ、ロジー。これらの幸運はすべて、私の力じゃない。多くの人々と精霊たちが手繰り寄せて得たものだから」
マイアは自分を助けてくれた多くの人々に感謝し、皆に報いていった。
十の精霊たちはマイアの許しを得て、自由の身となった。
ゲイラーは捕らえられ、領主の地位から追い落とされた。
ゲイラーに従っていた者たちも処分を受けることとなった。
マイアは新たな領主となり、多くの人々と精霊たちに支えられ、プラムトリを治めていくのだった。
◇ ◇ ◇
ずる賢いゲイラーは、プラムトリから永遠に追放されました。
そして、あられもない罪を着せられていた元領主の名誉は、マイアによって回復されました。
大精霊ロズイーヒムの汚名も濯がれました。
プラムトリの人々はロズイーヒムを讃え、その名が残るように石像を建てました。
マイアとマイアの子孫たちは、ロジーと精霊たちに敬意を払いつづけました。
精霊たちも、マイアとマイアの子孫たちにその大きな力を尽くしました。
やがてプラムトリは、精霊たちの力によってさらに美しく、豊かな国となっていきました。
永い時を生きるロジーにとって、それは短い安らぎでした。
それでもロジーは、人間の友達がいたことを決して忘れることはありませんでした。
◇ ◇ ◇
◆ ◆ ◆
本作は、「どんな時でもお金には困りません!」の前日譚です。
後の時代のお話を読んでみたい方は
「どんな時でもお金には困りません!」をご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330658741277433/episodes/16817330658741317172
ロジーが登場するシーンは、こちらとなります。
「金貨を愛する大精霊」
https://kakuyomu.jp/works/16817330658741277433/episodes/16817330659194193810
大精霊と谷の国のマイア 遠野月 @tonotsuki
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