中編

 ◇ ◇ ◇




マイアはロズイーヒムに尋ねました。

「どうすれば貴方の名誉を回復できるかしら」


ロズイーヒムが答えました。

「城からマイアの敵を追いだすんだ。そのあとマイアが新しい領主になって、君の父上と俺の名誉を回復すればいい」


するとマイアは困った顔を見せました。

お城からずる賢い領主を追い出す力など、マイアには無かったからです。

そこでロズイーヒムが言いました。

「君に力を授けよう。君の願いを叶えるための力を」


そしてロズイーヒムはマイアに力を授けました。

それは「見通す眼」という力でした。

「見通す眼」は、未来を切り開くために必要なことを見ることができる力でした。


マイアは授けられた力を使いました。

すると父と暮らしていた小さな家の中に、ひとつの宝があることに気付きました。


見つけた宝は「レヒメラの爪」と呼ばれる、領主が代々受け継いできた家宝の首飾りでした。

マイアはレヒメラの首飾りを身に着けると、次々に善いことが起こりました。

領主であった父に仕えていた家臣たちが、続々とマイアの下へ戻ってきたのです。


戻ってきた家臣たちは、マイアに忠誠を誓いました。

そしてずる賢い現領主を追い出すため、計画を立てはじめました。



一方その頃。

現領主は悩んでいました。

元領主を追いだして権力を得ましたが、それだけでは足りないと気付いたからです。




 ◇ ◇ ◇




「まだマイアは見つからないのか!」



現領主であるゲイラーは、喚き散らした。

キゼの谷の向こうへ追いやったマイアが、突然行方を暗ませたからだ。



「確かにひと月ほど前までは、そこに家があったはずなのですが」


「今は無いというのか?」


「ありません。家が建っていた形跡まで無くなっているのです」



狼狽しながら報告をする家臣。

ゲイラーは苦々しい顔をした。

あり得ないことであったからだ。

元領主を追いだしたのは自分で、その後もずっと監視下に置いていたからである。



「探しだせ。必ずだ」



苦々しい顔のままそう言って、報告に来た家臣を下がらせる。

誰もいなくなった広間で、ゲイラーは大きくため息を吐いた。

まさかこの期に及んで、追い出した領主の娘が必要になるとは思わなかったからだ。


数日前。

城の奥底に隠されていた宝物庫が見つかった。

ゲイラーは喜んだが、宝物庫は開けられなかった。


調査したところ、宝物庫にはふたつの鍵が必要なことが分かった。

ひとつは領主が代々受け継いでいる家宝「レヒメラの爪」。

もうひとつは、領主の血筋の者である。

そのふたつが揃わなければ、宝物庫を開くことができないというのだ。



「忌々しい!」



ゲイラーは苛立った。

ようやくすべてを手に入れたと思ったのに、結局元領主に振り回されているからだ。


唯一楽しみがあるとすれば、領主の娘マイアか。

マイアは非常に美しい娘であった。

家宝と共に手に入れ、妻にすることができれば非常に善い。

自らが善いだけでなく、自らの子孫も宝物庫を開くことができるようになるだろう。



「ああ、マイア。今度こそ俺の力で、完全に従えてやる」



笑い声が広間にひびく。

呼応するように、広間の外で無数の甲冑の音が鳴りひびいた。





マイアの家臣たちは、ゲイラーの悪巧みを予測していた。

家臣たちはロズイーヒムの力を借りて、マイアの家を隠した。

マイア自身は、キゼの谷とソイドの谷の間にある街へ行き、そこで身を隠していた。



「ねえ、ロジー」



街で隠れ住むマイアはロズイーヒムに声かけた。

ロジーというのは、ロズイーヒムの愛称だ。

ロズイーヒムは愛称で呼ぶことを快く許してくれた。



「このままでいいのかしら」


「どういうことだい?」



ロジーが首を傾げる。

今のところ、マイアにとっては非常に善い状態であったからだ。

レヒメラの爪を持つマイアの下には、今も続々と人が集まってきている。

元領主に仕えていた者も多く、流れに乗れば悠々と領主の地位を奪えるだろう。

悩むことなど何もないように思えた。



「きっと戦いになるわ」


「それは仕方ないことだ。悪いことをしたゲイラーには退場してもらわなきゃいけない。だけどそのためには力がいる。素直にごめんなさいと言ってくれる相手じゃないし、たとえごめんなさいと言ってもマイアの側に立つ憲兵がそれを簡単に許しちゃいけない。そうだろ?」


「でも戦いは良くないことだわ」


「マイアは優しいな。俺はそこが気に入ってる。だけどそれだけじゃダメなんだ」



ロジーが諭すように言う。

しかしマイアは納得いかなかった。

自分の目的のために誰かが傷付くのは善いことではないからだ。

苦い顔をして俯くと、ロジーが慰めるようにしてマイアの肩を叩いた。



「少し外の空気を吸ってくるわ」


「それはいい。だけど気を付けて。あっちこっちに君のことを許さないゲイラーの憲兵がいるからね」


「分かっているわ」



マイアは苦笑いし、木戸を開ける。

直後。マイアの前に大きな影が出来た。

その影は数人の男たちであった。

マイアは声を上げる間もなく、男たちに捕らえられた。



「おい、マイア!」



ロジーが叫び、マイアを捕えた男たちを追う。

異変に気付いたマイアの家臣たちも、男たちを追った。



「フーレン! そのままマイアを追ってくれ!」


「承知した」



フーレンと呼ばれた家臣が頷き、駆ける。

ロジーはフーレンを横目にして、高く飛び上がった。

街全体が見下ろせるほど飛び、逃げていく男たちを見据える。



「さあ、雨の精霊たち。今日はほんの少し機嫌が悪くなってもいい日だ。日頃の鬱憤をあそこに走る男たちにぶつけておくれ。え? なに? 本当に大丈夫かって? あまり大丈夫じゃないけど、心配するな。責任は俺が取るって」



ロジーが言うと、雨の精霊たちが騒めいた。

みるみるうちに空が暗くなる。

「さあ、ドンといけ」とロジーが叫ぶと、雨の精霊たちが雹を降らせはじめた。


降りはじめた雹をロジーが集めていく。

そうしてマイアを抱えて逃げていく男たちの前へ、無数の雹を投げつけた。

男たちは驚いて、マイアをその場に置いて逃げ去った。



「フーレン。マイアは無事か?」


「気を失っているが大丈夫だ」



道の真ん中で倒れていたマイアを抱え、フーレンが言う。

ロジーはほっとして、他にもマイアを攫おうとする者がいないか探した。


その日から数日。

マイアを誘拐しようとする者が日に数度現れた。

そのたびにロジーとマイアの家臣が誘拐しようとする者を追い払った。


マイアを誘拐しようとする者たちは皆、ゲイラーの手先であった。

運良く捕らえられた者が、白状したからである。

ロジーとマイアの家臣たちは憤慨した。

このような横暴を許すわけにはいかないと。


それらの事件を皮切りに、マイアの噂はプラムトリ中に広がった。

人ならざるものを従えるマイアが、父の復讐を企てていると。




噂を耳にしたゲイラーは、慎重になった。

このまま強引な手段を用いつづけても勝ち目はないと考えた。


そこでゲイラーは、マイアに向けて書状を送った。

「これまでのことを謝罪し、領主の座を返還する」と。




 ◇ ◇ ◇




ゲイラーの書状を受け取ったマイアは、話し合いに行くことを決めました。

罠かもしれないと分かっていましたが、戦いを避けたかったからです。


ロジーと家臣たちは反対しました。

ゲイラーが素直に謝るはずがないと、確信していました。

しかしマイアはロジーたちの反対を押し切って、城へ行きました。


わずかな供を連れて城に入ったマイアは、ゲイラーの兵士たちに囲まれました。

兵士たちと共に現れたゲイラーは、マイアからレヒメラの爪の奪いました。

そしてマイアを高い塔に閉じ込めてしまいました。



 ◇ ◇ ◇

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