金貨を愛する大精霊

夜風にまぎれ、金属のこすれる音が聞こえた。

火の番をしていたブラムが、周囲を睨みつける。



「盗賊だねえ」


「らしいな」



ペノの声に、ブラムが頷く。

メイスを握りしめ、眠っているライラを起こした。


寝惚けながら起きたライラは、ブラムとペノの様子を見て状況を察した。

暗闇に目を向ける。

闇に紛れていて姿を見ることは出来ないが、数人の気配が感じ取れた。

鋭い金属音も聞き取れる。



「この世界は物騒ですよね」


「馬鹿ライラ。お前の馬車が立派過ぎるんだよ」


「ま、また馬鹿って……!」


「静かにしろ、来るぞ」



ブラムが目を細め、メイスを構えた。

次いで、焚火へ手を伸ばし、火の付いた木切れを四方へ投げる。

すると、赤に照らされて五つの人影が現れた。

すでにライラたちを取り囲んでいる。

いずれも短剣を持ち、殺気を放っていた。


敵が見えた瞬間、ブラムが駆けた。

メイスを振り、早々にひとりの足を折る。


先手を取られた盗賊たち。慌てることなく、四方から同時に飛び掛かってきた。

迷うことなく、ライラに向かって短剣を振りかざす。



「ライラ!」


「大丈夫」



ライラは冷静に答え、胸元に手をかけた。

胸元に光る、宝石が填められた首飾り。

護身用の魔法道具だ。

ライラが首飾りの宝石に触れると、周囲がぱっと明るくなった。


宝石から、光を生みだす何者かが現れる。

驚き固まる盗賊たちを前にして、光を生みだしている者がライラへ振り返った。



「なあ、ご主人様。俺は今ぐっすりと寝てたんだけどね」


「ごめんなさい、ロジー。あとでたくさん金貨をあげるから」


「そいつは本当かい? ちゃんと深夜手当も付けてくれよ。あと、やることが終わったらすぐに眠れるよう、子守唄も頼む。ご主人様の歌は最高だ。なんたって――」


「ロジー。お喋りは後でしましょう?」


「――っと、分かった! さあ、ご主人様! その小さくて可愛らしい頭をささっと下げてくれよ!」



ロジーと呼ばれた光る者が、大きく息を吸い込んだ。

一拍置いて、四方へ息を吐きだす。

すると四つの風の柱が立ち上がった。

風の柱から漏れ出る余波が、四人の盗賊を吹き飛ばした。



「おい、ロジー! 俺まで巻き込むんじゃねえ!」



かろうじて飛ばされないように耐えていたブラムが叫ぶ。

しかし叫びながらも駆けまわり、吹き飛ばされた盗賊へ襲いかかった。

次々に盗賊たちの足を折り、彼らの戦意を喪失させていく。

最後のひとりを残すと、ブラムは盗賊の手から短剣を奪い取った。



「おい、馬鹿野郎。こいつらを連れてとっととどっかへ行け。二度と来るなよ。次は容赦しねえ」


「ふぁ、は、はは! はあああい!!!!」



怯えきった盗賊が、何度も頭を縦に振る。

ブラムは念押しとばかりに、奪い取った短剣を盗賊に突き付けた。

盗賊の顔が引き攣り、この世の終わりと言わんばかりに青ざめる。



「……脅し過ぎではないですか」



震えて逃げていく盗賊たちを見て、ライラは眉根を寄せた。

足を折られている盗賊が身体を引きずっていく様は、可哀そうに尽きる。



「殺さないだけありがたいだろ」


「そうですけどね。改心してくれたら良いですが」


「そんなに都合の良いことなんざねえよ。まあ、あれじゃあしばらく“仕事”は出来ねえだろ。それだけで十分かもな」


「そうですね。ありがとう、ブラム」



ライラはブラムに頭を下げる。


三百年の旅がはじまったころ。

ライラはブラムに、殺人をしないで欲しいと頼んでいた。

どれほど危険な目に合っても、絶対にと。



「ご主人様は優しい! 俺のかつての友達のようだ!」



ロジーが囃すように言った。

ライラは肩をすくめる。



「それって、前に言っていたすごく昔の、人間の友達のこと?」


「そうさ! 立派な奴だった。俺の自慢の友達なんだ」


「私はその友達みたいに立派ではないと思います。ただ、目の前で誰かが死ぬのを見たくないだけで」


「それでいい。十分さ。小さな想いが、いつかどこかで立派な善行に変わっていたりもする。ご主人様の気付かないところでな。さあて、ところで。俺への給料忘れてない?」



ロジーがライラに向かって両手を差し出した。

ライラは小さく笑い、「お金に困らない力」を使う。

ライラの手から溢れ出た金貨が、ロジーの大きな手に乗った。



「ありがたい! 次もしっかり働くからよろしくな! ああ、でも。夜中は出来るだけ遠慮してくれよ。なぜって? お肌に悪いから! はっはー!」



早口で喋りきったロジーが、一礼する。

そうしてライラが身に着けている首飾りの宝石へ還っていった。


突然静かになった夜。

残されたライラたちは苦笑いする。



「騒々しい奴だ。いつもいつも」


「でも、助けになります。他の魔法道具を使わずに済みますし」


「まあな。馬鹿高いからな、お前が買う魔法道具は」


「分かってます。無駄遣いしないようにしますから、お小言はやめてください」



ライラは両手のひらをブラムに向ける。


戦う力のないライラは、護身用の魔法道具をいくつも持っていた。

精霊ロジーが現れる首飾りも、そのうちのひとつである。

しかし魔法道具は高価に過ぎる代物であった。

絶大な威力を誇るが、一生かけても買えない値段の物もある。


とはいえ、ライラには高価であるかどうかなど関係ない。

「お金に困らない力」があれば、いくらでも買えるのだ。

買えるのであるが――、そういったライラの力の使い方を、ブラムが許してくれなかった。

普段の言動に反して、ブラムは妙なところで真面目なのである。



「そろそろ寝ましょう。出来るだけ早くベルノーに着くために、体力を残さないと」


「そうだな。出来るだけ馬車で酔わねえように、朝まで寝てくれ。マジで頼む」


「……善処しますから、お小言はやめてください」



ライラはがくりと項垂れる。

ブラムとペノの笑い声が、夜の草原に広がった。

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