寄り道

馬の嘶き。

同時に馬車が大きく揺れた。


眠ることで乗り物酔いを回避していたライラは、苛立った。

御者台にいる顔色の悪い御者を睨みつける。

すると御者がライラの視線に気付き、振り返った。

顔色の悪い無表情。無言でライラに頭を下げる。


御者台にいる男は、精霊ロジーが呼びだした低級の精霊であった。

今日もブラムと交代で、御者台に座ってくれている。



「……なにかありましたか?」



ライラは不機嫌を隠しきれず、御者に尋ねた。

無表情の御者が、無言で道の先を指差す。


見ると、道の真ん中で男が一人倒れていた。

意識はあるらしく、顔がライラの馬車へ向いている。

ライラと目が合うや、身体を震わせながら馬車に向かって腕を上げてきた。



「止めてください」


「…………御意……」



御者が頷き、馬車を止める。

ライラはよろめきつつ馬車から降りた。

ペノもとんと跳ね、ライラの肩の上に乗る。

遅れてブラムが馬車から降り、面倒臭そうに付いて来た。


道で倒れていた男が、ライラに向かって頭を下げた。

怪我をしているのか、立ち上がれないでいる。



「大丈夫ですか? どうしてこんな怪我を……」


「昨日盗賊に襲われてしまい……足の骨を折られたのです」



男が苦痛で顔を歪める。

ライラは男の足を見た。

たしかに右足の膝から下が、あらぬ方へ曲がっている。

男の周囲には手荷物らしきものもない。



「仕方がありません。彼を馬車に乗せてください」



ライラはブラムに言う。

ブラムが一瞬不服そうな表情を見せた。

しかしすぐに気を取り直し、頭を下げてくる。

念のため、従者のふりをしてくれたのだ。



「“お嬢様”。少し引き返せば、村があります。とりあえずそこへ向かいましょう」


「そうですね。まず治療しなくては」



ライラも貴族の令嬢のふりをして、品よく頷く。

すると男がはっとした表情をした。

丁寧に礼をして、ライラの顔をじっと見つめてくる。


ライラは首を傾げた。

演技が下手だったのだろうかと、内心ひやりとする。



「さあ、行きますよ。掴まって」



男の視線に気付かないブラムが、ライラと男の間に割って入った。

怪我で立てない男を担ぎ上げ、馬車へ運んでいく。

その間も、男の視線はライラに向けられていた。

呆けた表情で、ただじっと。



「私、なにか変でしたか?」



ライラは、肩の上にいるペノに尋ねた。



「さあ? ライラはぱっと見、綺麗だからね。見惚れたんじゃないの?」


「また適当なことを言って……」


「そう! バレちゃったね! まあ、なんにせよ。好印象だったようだよ?」


「助けたのに悪印象ならガッカリです」


「それは確かに、そう!」



ペノが笑う。

ライラは苦笑いして、馬車へ戻った。


馬車の中は、怪我をした男によって半分以上占領されていた。

ライラが寝ころべる場所は、ほぼない。

ライラは嫌な気持ちが表情に出ないよう努め、我慢して座った。

同時に、御者台に声をかける。


顔色の悪い御者が頷き、馬車が動きだした。

ごとりごとりと、揺れながら。



「ねえ。村まではどれくらい……?」



ライラは不安を隠し切れず、ブラムに尋ねる。

ブラムが眉根を寄せた。

時間がかかっても我慢しろと言いたいのだろう。



「……そうですね。速く行けば、陽が傾く前には着くでしょう」


「出来るだけ速くで、お願い」


「……そうしましょう」



ブラムが畏まったふりをして、御者に指示をする。

すると馬車の速度が上がった。

これまでにない速さで、飛ぶように進んでいく。


当然、車内に伝わってくる振動も凄まじいものとなった。

もはや村に着く前にライラの具合が悪くなるのは避けられない。



「感謝します。本当に」



怪我をしている男が、感激してライラに礼を言った。

自分のために馬車を走らせていると勘違いしているのだ。

ライラは精一杯の笑顔で頷いたあと、村に着くまで窓の外を見つづけるのだった。

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