フレメル

辿り着いた村は偶然にも、怪我をした男、フレメルが住んでいる村であった。

ライラは村人に事情を説明すると、フレメルを知っているらしい者が幾人かやってきた。

フレメルを丁寧に扱い、すぐに診療所へ連れていく。



「リリー様と仰られましたか。どうぞこちらへ」



フレメルを連れていったうちのひとりが、ライラを招いた。

どうやらフレメルは、村の有力者であるらしい。

ライラを命の恩人としてもてなすよう言付かったと、丁寧にお辞儀をした。



「……同じ偽名で良かったのかよ?」


「まあ、長居はしませんし」


「考えてなかったんだろ」


「つまり、そうです」



警戒するブラムに、ライラは微笑んでみせる。

ペノも揶揄うように両耳を揺らし、ブラムの太い腕を叩いた。


ライラたちは招かれるがままに、フレメルの屋敷へ行った。

屋敷は、外観も内装も豪壮であった。

小さな村であるというのに、フレメルの屋敷だけが立派に過ぎる。



「これはライラと同じ、贅沢が好きな人種だねえ」



屋敷の一室に通されたあと、ペノが小声で言った。

否めないライラは、不機嫌そうにして頷く。



「……それはそうと、たくさんの使用人を雇っているみたいなのに、どうして護衛を連れていなかったのでしょう?」


「ああー。盗賊に襲われたときに見捨てられたんじゃない?」


「見捨てた? 護衛なのに?」


「三百年も付き合ってくれるブラムみたいな変人を、護衛の基準にしないほうがいいよ?」


「……んだと、てめえ」


「あと、いつもブラムが簡単そうに盗賊とか厄介者を追い返してくれてるから勘違いしてるかもしれないけど、盗賊って意外と強いんだよ。実戦回数の桁が違うからねえ」


「そうなの? じゃあ、本当に……」


「そんなもんだよ。一般人が雇う護衛なんて、大抵弱っちい――」



そこまで言ったペノが、ぴたりと口を閉ざした。

両耳を後方へ向け、ぴくぴくと震わせはじめる。

間を置いて、部屋の外が少し騒がしくなった。

どうしたのだろうと、ライラは振り返る。

直後、部屋の扉が開き、フレメルが姿を見せた。



「やあ、お待たせした」



フレメルが深々と礼をする。

フレメルは杖をつき、折れた足には添木があてられていた。

歩くたび痛そうにしているが、骨折以外に大きな怪我はないらしい。

思いのほか元気そうなフレメルを見て、ライラは内心ほっとした。



「改めて礼を。助けていただき感謝します、リリーさん」


「そこまで感謝されることではありません。村からも近かったですし、私が来なくても村の誰かが来てくれたでしょう」


「ですが、助けてくれたのは貴女です。正直なところ、襲われた日の夜は絶望していました。護衛も、馬車も、すべての荷物までも失ったのですから」


「御無事であったことが何よりです。村の人たちも心配していましたよ」


「いやはや、その通りですね」



フレメルが笑い、部屋の窓に目を向ける。

窓の外に、広大な果物畑が見えた。

果物畑には赤い果実が実っていて、多くの村人たちが収穫作業をしていた。


フレメルは、村の果実を売る商人であった。

商売に不慣れな村人たちの代わりに、各地で売り歩いているのだという。



「あの果実は私も食べたことがあります。ポトンの実、でしたっけ。とても美味しかったです。ここで作られているとは知りませんでした」


「実ははるか昔から、この村で作られていました。販路を拡大したのは最近のことです」


「フレメルさんが最初にはじめたのですか?」


「ええ。必ず売れると信じて。結果はご覧の通りです」



フレメルが誇らしげに言う。

少年のようだと、ライラは思った。

実際フレメルは若かった。二十代後半といったところだろう。

この若さで、これだけの屋敷に住んでいるのだ。

並の商才ではないと、はっきり分かる。


その後もライラは、長い時間フレメルと話をした。

ほとんどがフレメルの自慢話を聞くという時間になったが、特に嫌な気分にはならなかった。

自分にはない才能のことを知るのは、存外楽しい。

もちろん、たくさん聞いたところでライラの拙い商才が成長することはないのだが。



「まったく、ライラもよくやるよねえ」



ペノがぐったりした声をこぼした。

ライラたちは、フレメルの屋敷に一晩泊まることとなった。

夕食のあともフレメルの話をずっと聞いていて、去る時期を逸したからである。

途中ブラムとペノが嫌そうにしていたが、ライラは気にしなかった。

二人が退室しても、ライラはひとり、フレメルの気が済むまで話を聞きつづけた。



「楽しかったですよ?」


「ライラって時々、神がかったお人好しを発揮するよね」


「……褒めてます?」


「ううん、あまり?」


「……ですよねー。ところでブラムは?」


「もうとっくに寝たよ。フレメルの話を聞きすぎて、顔色が悪くなってた!」



ペノが小さく笑う。

自らも疲れているようだが、ブラムがぐったりしている様を思い出すと元気になるらしい。

ライラも釣られて笑い、ベッドへ腰を下ろした。


途端に、強い眠気に襲われる。

フレメルを助けてから今まで、緊張しつづけていたからだ。

ライラは眠気に抗うことなく、柔らかい布へ沈んでいくのだった。

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