もてなし
翌日。
ライラはまたも、村から出発し損ねた。
フレメルの巧みな誘惑を受け、もう一日滞在することになったのだ。
「だって、ポトンの実をいくつでも食べさせてくれるって」
呆れ顔のブラムとペノを前にして、ライラは顔を両手で覆った。
自分が贅沢という誘惑に弱いのは知っている。
特に最近は、贅沢な食べ物の誘惑に対して無抵抗になりつつあった。
美味と名高いポトンの実となれば、尚更だ。
「三百年前は、食べ物なんかどれを食べても一緒っていう顔をしてたのにね」
「三百年もあれば、さすがに変わりますよ」
「確かにそうなるよね。ユフベロニアは、長く戦争がつづいたせいで食糧難な地域が多いし。料理のレベルも、三百年経っているのに全然上がってないからねえ」
「そういうことです」
「魔物の被害も増えてきて、さらに食糧難になってるって聞くしねえ」
「だからこそ、食べれるときに食べたいなって」
「まあ、そういうことにしとこうか……!」
ペノがなんとか許してくれる。
ペノはウサギのくせに美食家であった。
ポトンの実を餌にすれば、ペノが村への滞在に賛同するのは目に見えていた。
「長居はしねえぞ、ライラ」
ブラムが苦い顔で言った。
ブラムはフレメルが苦手なようで、早々に旅へ戻るべきだという意見であった。
しかしペノまでライラに賛同するとなれば、ブラムも従わざるを得ない。
「分かっています。少し休むだけです」
「そうかよ。まあ、気を付けろよ。フレメルの奴は、お前に好意があるみてえだからな」
「……私に? まさか」
「俺もまさかとは思ったがな。お前の見た目に騙されたんだろ」
ブラムが揶揄うように言う。
ライラはブラムの手を抓り、部屋を出た。
すると待ち構えていたように、扉の外にフレメルが立っていた。
ライラはどきりとして、半歩退く。
「やあ、リリーさん。散歩ですか?」
「こ、こんにちは、フレメルさん。ええ、少し」
「ご一緒しても?」
「もちろんです。屋敷の外に出たら、迷子になるかもしれませんから」
そう言うと、フレメルの表情が明るくなった。
フレメルが傍にいた従者らしき男に声をかける。
そして一言二言、なにかを伝えた。
「どうかしましたか?」
去っていった従者らしき男の背を見て、ライラは首を傾げた。
フレメルがにこりと笑う。
「幾つかの準備を頼みました」
「と言うと」
「それは今は言えません。楽しみにしていただければ幸いです」
フレメルがそう言い、ライラの手を取って跪く。
なるほどと、ライラはブラムの言葉を思い出した。
恋愛事に鈍いライラでも、ここまでされたらはっきり分かる。
もしかしたら、今夜にでもプロポーズをしてくるかもしれない。
その懸念は、決して自惚れではなかった。
実のところライラは、これまで何度もプロポーズを受けたことがあった。
しかも一回や二回ではない。
数十回、数百回に及んでいた。
ライラの容姿は、ライラ自身が思っているより優れていた。
女性らしい体型ではないが、細く白い身体。
赤みがかった黒い長髪は、宝石のように艶やか。
長く生きてきたこともあり、表面上の年齢に比べて落ち着いていて、品があるように見える。
「それでは参りましょう」
フレメルがライラの手を取ったまま、歩きだした。
やや強引なフレメルに、ライラは戸惑いを覚えた。
しかし不思議と、不快な気分にはならなかった。
ブラムやペノに、異性として扱ってもらうことがないためか。
満更でもないライラの目端に、ブラムの姿が映った。
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情がライラに向けられている。
ライラは苦い顔をしてブラムを睨んだ。
そしてフレメルに引っ張られるまま、屋敷の外へ飛びだした。
屋敷の外でのひと時は、ライラの懸念を一掃してくれた。
フレメルは終始紳士的で、ライラを純粋にもてなしてくれた。
相変わらず自慢話が多かったが、過度ではない。
強い好意を感じるが、押し付け過ぎることもない。
要所要所のサプライズも楽しいもので、フレメルの良い人柄を感じ取れた。
警戒していたプロポーズも、ついになかった。
夜までつづく散歩になったが、素敵な思い出になる一日となった。
「まあ、俺らも堪能したがよ」
部屋に戻るや、ブラムとペノが満面の笑みで言った。
ユフベロニア地方に蔓延る食糧難など感じさせないほどの料理を味わえたのだという。
「あら。長居したそうな顔をしてますよ?」
「乗り物酔いのお嬢様を介護する毎日を思えば、ちょっとはな」
「私だって、野蛮な従者との旅を思えば、少しはね」
「っは! 言ってくれるぜ」
「仲が良いねえ」
「「良くない」」
ライラとブラムの声が重なる。
二人の声を聞き、ペノが大笑いした。
ライラとブラムは眉根を寄せ、大きく揺れるペノの両耳を掴むのだった。
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