譲れない果実

フレメルの屋敷に滞在して、四日。

さすがにそろそろ旅に戻るべきかと悩むライラに、一報が届いた。



「また、盗賊?」



報せを携えてきた顔色の悪い男を前に、ライラは唇を曲げる。

顔色の悪い男は、ライラの馬車の御者であった。

仕事がなくて暇だったのか、精霊の姿で辺りを見回ってくれていたらしい。



「この村に向かっているのですか?」


「…………左様で……」


「なんてこと。ねえ、ロジー。あなたも彼ともう一度見てきてくれない?」



ライラは首飾りの宝石を撫でて言った。

すると宝石の中から光を生みだしつづけるロジーが現れた。



「構わないけどね、ご主人様。お給料は貰うよ?」


「もちろん、構いません」


「よしきた! なるべく早く戻るからな! 特急料金で頼む!」



お金にがめついロジーが、喜び勇んで飛んでいく。追って、御者の精霊も飛んでいった。

ロジーは精霊であるが、これまで出会った誰よりも金貨が好きであった。

何か理由があるようだが、とにかくどんな頼み事であっても見返りとして大量の金貨を要求してくる。

これほどの高給取り、ライラしか養うことは出来ないだろう。


ロジーと御者の精霊が窓から飛びだしていったあと、ブラムがやってきた。

神妙な面持ちで、ライラの傍へ寄ってくる。



「どうしたの、ブラム? なにかあった?」


「……嫌な気配がする」


「もしかして盗賊のこと? それなら、さっき聞きましたよ」


「それじゃねえ。もっと、ヤバいやつだ」



そう言ったブラムが、窓の外へ目を向けた。

窓の外には果物畑が広がっていたが、どうやらそれを見ているようではない。

さらに遠くにある森を見ているようであった。



「あれは、ジカの森?」


「そうだな。ベルノーに向かっている俺たちには関係ねえと思っていたが」


「ジカの森には魔物が住んでいるという噂ですね。もしかして、それのこと?」


「そうだ」



ブラムの目が細くなる。

魔族であるブラムは、魔力や、魔物の気配を感じ取ることができた。

その感知能力は鋭く、これまでの旅で何度もライラを救ってくれた。



「こっちへ向かってる?」


「分からねえ。だが、こっちに気配が向いてるな」


「もしかして、さっき聞いた盗賊と関係があるのかしら」


「さあな。とりあえず逃げたほうがいいぜ。面倒事は御免だ」


「村はどうするの? 教えたほうが……」


「どうやって教えるってんだ。魔力を感知したから逃げましょうってか? 俺が魔族だと知られたら、俺だけじゃなく、お前もただじゃ済まねえぞ」


「それは……、そう、ですね」


「百歩譲って、俺たちが危険を顧みず教えたとしてもよ。村の連中が魔族の言葉を信じるはずがねえ。ここいらの人間は、今も魔族が大嫌いだからよ」



ブラムが苦い顔をして言った。

その瞳に、怒りと、悲しみが滲んでいる。


かつて、ユフベロニア地方から広がった魔族と人間の戦争。

三百年前経った今も、好戦的な魔族が強引に燃やし広げつづけている。

現在はユフベロニア地方から、ユフベロニアの北西にあるパーウラマ地方へ戦いの舞台が移り、さらにその先へ戦火が伸びている。


多くの人間が、魔族に嫌悪の情を向けていた。

すべての魔族が好戦的というわけではないが、皆が皆、魔族を憎んでいた。


魔族の側も、同じだ。

皆が皆、人間を憎んでいた。


ライラとブラムのような関係は非常に稀であった。

いや、特殊に過ぎると言ってもいい。



「みんな、早く気付けばいいのに」



ライラはベッドからクッションをひとつ取り、頭の傍に寄せてみせた。



「何をだよ」


「ブラムみたいに、素敵な介護ができる魔族がいるってこと」


「っは! なに言ってやが――」



ライラの言葉に微かな笑顔を見せたブラムが、再び険しい表情に変わった。

部屋の扉に向かって飛ぶように駆け、勢いよく扉を開ける。

すると扉の先に、驚き硬直している人影が見えた。



「……フレメルさん!?」



ライラは声を上げ、直後に青ざめた。

扉の先にいたフレメルの表情。明らかに顔色が悪い。

ブラムの様子も合わせて察するに、ライラたちの会話を聞いていたのだろう。



「あ、あの、……フレメルさん」


「……リリーさん。これ以上の問答は必要ありません」


「聞いてください、フレメルさん」


「私は聞きましょう。あなたたちは命の恩人だからです。ですが村にとっては? 魔族が村にいると知れば、皆はリリーさんたちに石を投げつけるでしょう」



フレメルの声が冷たく通った。

紳士的であった昨日までの姿が嘘のようだと、ライラは思った。

いや、紳士的だからこそ、声が冷たくなるだけで済んでいるのか。

普通なら、憎しみに満ちた目を向けてくるに違いない。



「出来ればこのまま、ひっそりと村を出てください」


「……分かりました」


「すみません。私には守らなければならないものがあります。自らの財産と、村の財産をです」


「……ええ、分かります」



ライラは力なく頷く。

財産というものは大事だ。

短い人生なら、尚更に。

理不尽に感じることはあっても、ライラにはフレメルの大事なものを犯す権利などない。


ライラとブラムは自らの荷物を取り、部屋を出た。

黙って見ていたペノも、ライラたちの後を追ってきた。



「リリーさん」



去ろうとするライラの背に、フレメルの声が触れた。



「先ほどの、魔物とか、盗賊の話は本当ですか?」


「確証はありません」


「そうですか。では警備を増やします」


「そうしてください。では」


「ごきげんよう、リリーさん」


「ごきげんよう、フレメルさん」



色のない声が、静かに交わされた。

昨日までのことが嘘のようだと、再び思う。


ライラはフレメルに向かって頭を深く下げ、屋敷を出た。

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