ジカの森の魔物


「ごめんなさい、ブラム。ペノ」



フレメルの屋敷を出たあと、ライラはブラムたちに頭を下げた。

ブラムが怪訝な表情で首を傾げる。



「私が、余計なことを喋ったから……こんなことに」


「なんだ、そんなことかよ」


「そんなことって」


「フレメルのやつは、最初から俺たちを疑っていたぜ?」



ブラムが嘲笑うように言った。

分かっていたからこそ、今も落ち着いているということなのか。



「疑ってはいたがな。奴はお前にべた惚れだった。だから俺のことなど思考の外に置いて、疑う気持ちを忘れようとしていたんだろうよ」


「……さ、最初から? 本当に?」


「そうだ。だからもしバレたとしても、奴はお前に気を遣って極端な行動はしねえと俺は踏んでた。実際そうなったってわけだ」


「そうだったんだ。ごめん、ブラム。嫌な想いをさせて」


「食いもんが美味かった。それだけで十分だ」



ブラムの大きな手が、ライラの頭にとんと乗る。

ライラは申し訳ない想いを拭いきれなかったが、それ以上何も言わなかった。

何も言うんじゃねえと、ブラムの手が伝えてきている気がした。


ライラたちの馬車の傍まで行くと、誰かが御者台に乗っているのが見えた。

青白い顔をした御者。先ほど偵察を頼んだ精霊だ。

よく見ると、馬車の中にロジーもいた。

生みだされる光を抑え、目立たないように潜んでいる。



「もう戻ってきたの? ロジーも?」


「…………完了した……」


「特急だって言っただろ?」



ロジーがにやりと笑う。

ライラはロジーに金貨を手渡した。

次いで、村を発つと告げた。



「良いのかい? 盗賊が迫ってるのは間違いなかったけど?」


「フレメルさんが警備を増やすと言っていました」


「魔物もいたけど?」


「どれくらい?」


「大きくて、悪者そうな奴が五匹くらい。どうやら盗賊ども、魔物を操る魔法道具を持っているらしいね。警備を増やしたところで無駄さ。魔物が五匹もいたら、この村はひとたまりもない」



ロジーがお道化て言った。

御者の精霊も、ロジーに同意して頷く。


ライラはううんと唸り、頭を抱えた。

村が壊滅することと分かっていながら、黙って去るのか。

ライラたちが出来ることをするべきではないのか。



「助けたいって言いたいんだろ、このお人好しが」



ブラムがため息を吐いた。

ライラはブラムの顔を覗き込み、小さく頷く。



「じゃあ、そうしろよ。仕方ねえから、俺も付き合ってやる」


「良いの? ブラム」


「美味いもん食った分は、働いてやるよ」



ブラムがライラから視線を外し、答えた。

ライラはブラムに礼を言い、御者の精霊に声をかける。

「御意」と短く答えた御者が、馬車を走らせはじめた。

あっという間に村を出て、北進する。


馬車の向く先に、森が見えた。

ジガの森。魔物が巣食うとされ、人間が立ち入らない場所だ。



「ライラ。寝てろよ」



緊張しつつも護身用の魔法道具を握るライラに、ブラムが言った。



「え?」


「緊張して忘れてるんだろうがよ。このままジカの森に着くまで起きていたらお前、乗り物酔いで使いもんにならねえぞ」


「……あー……」


「さっさと寝ろ」


「……なんか、カッコ悪いなあ」



ライラはがくりと項垂れ、クッションの上に倒れ込む。

馬車の振動により、徐々に具合が悪くなっていく身体。

自分ひとりカッコ悪いなと、ライラは口を尖らせるのだった。

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