エピローグ
息子の葬儀を終えて、諸々の片付けのあと。
両親は、彼の最期を見た上司とともにいた。
今回は、無理をして、かつて息子が再就職するまで住んでいたアパートの一室にいたのだ。
そこで、動機がなにかわかるかもしれないと、なぜかそう思えたからだ。
「……私の方針が、息子へのプレッシャーになっていたのかもしれません。自分のように、半端な振る舞いはしてほしくなくって。悔やんでも、悔やみきれません」
皴と白髪が刻まれた父親には、強い苦悩が滲んでいる。傍らで、その妻がそっと支える。
「もっと無理をさせず、あいつの好きな生き方を、ゆっくり選ばせてやればよかった……」
上司はしばらく考えたあと、窓の外をみて、ぽつりと漏らした。
「……彼が、ふだんから私たちに話していたことを思い出しました」
父がそれを問うと、上司は、歯切れ悪く言葉を紡ぎ出す。自分でも何を言っているのかわからない、とでもいうように。
「彼はよく、言っていました。自分には、怪物が見えるんだと。それがあるから頑張れるし、それを再びみるために生きているんだと……その怪物について聞くと、彼は決まって、このアパートの窓から見えた【かいぶつ】について教えてくれました。どうも、奇妙な話、なのですが」
上司は、続けていいかどうか、思案した。だが、父も母も、望んでいるようだった。
「……それは、彼があの場所から落下する時も、見えていたんじゃないかと。そうとしか思えない振る舞いを、実際にしていたようでならないのです。そして、これは後になって聞いた話、なのですが。彼の、遺体の右手は、奇妙にある一点を指さしていて……その軌道上に、このアパートが、あったのだと。彼は……いったい、本当は、何を見たかったのか」
それだけ言うと、上司は申し訳なさそうに黙った。
それから……父は、ゆっくりと、言った。
窓の外には、変わらず、摩天楼がそびえたっている。
それは、ひとりの男の死ぐらいでは、まったく揺るがない。
怪物が、実際に現れでもしないかぎり。
「思い出した。わたしも、夢をあきらめて、今の仕事を選んだとき、何か怪物みたいなものを見ていた気がする。遠い昔だ。でも、今思えば、あれは……違う未来を生きた自分自身だったのかもしれん」
摩天楼の巨獣 緑茶 @wangd1
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