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「大丈夫ですか?」
朧気に聞こえてくる呼び声とともに、目を覚ました。気がつくと、プールサイドに横たわっており、何人かのスタッフに囲まれていた。
私は溺れていたところを助けられ、そのまま気を失っていたのだ。裕太もまた、心配そうに見ている。
「お父さん!」
「ああ、大丈夫だ……」
案ずる息子にこたえながら上体を起こし、スタッフにきいてみた。「あの、加藤は……」
すると彼らは互いに顔を見合わせた。きくと、私と裕太は数人のスタッフによって救出されたそうだが、このプールには加藤というスタッフはいないという。あたりを見回しても加藤とおぼしき人物は見当たらない。
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私は教師を辞める直前に、一度加藤の家を訪ねたことがあった。詫びる私を加藤の両親は「先生のせいではありません」といってなだめた。駆けつけた救急隊員も、私の処置に落ち度はなく、加藤の低酸素脳症は人工呼吸のやり方如何によって回避出来るものではなかったと証言している。それでも私の心の呵責はどうしても拭い去ることは出来なかった。
温水プールで溺れてから、また加藤のことが気になった。そこで再び彼の実家を訪れた。行くと、加藤はチェロを弾いていた。なかなかの腕前だが、彼がチェロを弾いていたとは知らなかった。
「水泳をやめてから、何か他に熱中出来るものが欲しくて、そうしたら齋藤先生がチェロをすすめてくれたんです。やってみたら、面白くてはまっちゃって」
齋藤先生というのは勤めていた中学校の音楽教師だ。そういえば彼女は学生時代オーケストラでチェロを弾いていたと聞いたことがある。加藤は齋藤先生が師事していた教師の門下生となり、音大を目指しているという。
頃合いを見て私は、プールで溺れた時の出来事を話した。その時、確かに加藤が助けてくれるのを見たともいった。
「不思議ですね。僕はあの事故からプールにはいっていませんから、そこにいたのは僕じゃありません。でも、鳥山先生が僕のことで気に病んでいることはわかっていました。だから、気にしないで欲しいって強く思っていたんです。おかげでチェロの道へも導かれたわけですし。もしかしたらそんな気持ちが、そこに現れたのかもしれません」
私は聞きながら、思わず泣いた。そして彼の家を出る時、私自身も過去に囚われることなく、新たな一歩を踏み出さなければと強く思った。
おわり
水際の彼方 緋糸 椎 @wrbs
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