クリスマス・イブは何色?

masuaka

空気の色

 このカップルは ー 人参色にんじんいろ ー


 なんだか初々しくて可愛いな。


 目の前を通り過ぎたカップルをチラ見して、頭の中でついそんな感想をこぼした。


 店頭前のベンチで談笑しているおじ様とおば様は


 ー 撫子色なでしこいろ ー


 なんだか渋みの中に甘酸っぱさがあるみたいで、こっちもニコニコしてしまいそうだ。


 さてと、私は姿勢を正して店頭の様子を観察した。


 今年はどんな”空気の色”が見れるのかな?



※ ※ ※ 



 私は人の”空気の色”が見える。


 なんのこっちゃと言われそうだが、言葉の通りだ。


 会話をしている男女の纏っている空気が、淡く色づいて見えるのだ。


 そして色の名前が頭の中で響く。


 この現象について悩んでいた際、友人に相談してみたら、


「なにそれ! オーラが見えるの? すごくない?!」


 テンションの高い友人の言葉を聞きながら、オーラか。いやなんかニュアンスが違うなあ、なんだろうパッと言葉が出てこないと悶々としていた。


 それからしばらく経って、私は自分が見えているその現象を”空気の色”と呼ぶことにした。


 友人は「何そのネーミングセンス、普通オーラじゃないの?!」と不服そうに言っていたが、まあいいだろう、私が使うのだから。


 だって頭の中に響く色の名前が和風なのだ。


 頭の中で響いてくる色の名前を調べてみると、どうやら【日本の伝統色】らしい。


 私が見える”空気の色”には法則がある。


 一つ、男女が2人で会話しているときに見える


 二つ、同性の会話では見えない


 三つ、3人以上では見えない


 一体何なんだこの現象はと思っていたが、友人に相談してから大事に考える必要がないと分かり、日常生活に支障は出なかったため気に留めないことにした。


 むしろ、最近は存分に楽しんでいる。


 勝手に2人の”空気の色”を見て、仲を占っているのだ。


 纏っている”空気の色”がどんな意味を持っているのかは分からないが、とりあえず色の雰囲気で勝手に想像して楽しんでいる。


 意外と創作とかに役に立つんだよね、こういう感覚。



※ ※ ※ 



 さて私が”空気の色”を見えるようになって、3年が経った。


 私は大学に通いながら、実家の和菓子屋を手伝っていた。


 今日は12月24日クリスマス・イブ。


 なんでクリスマス・イブに店番なんだろう。どっか行きたかったなあ。


 店番は忙しいかとそういう訳でもなく、まあ普段通りだった。


 だって皆クリスマスはケーキ買ってるんでしょと暇を持て余し、心中愚痴っていた時だった。


「すみません、いつも売っているサンタの和菓子ってまだ残っていますか?!」


 店に慌てて若い男性が入ってきた。白い息をはあはあ吐いて、ずいぶんと焦っているようだ。


「大丈夫、まだ残っていますよ」


「よかった! ケーキの予約忘れてて、どうしようかと!」


 なるほど、クリスマス・イブにケーキの予約を忘れてしまったらしい。


 大変だなと思っているとき、慌てた男性の纏っている”空気の色”が見えた。


 ー 桃花色ももはないろ ー


 この男性を見てそんな感想が浮かんだ。


 あれっ?


 私は今まで会話をしている男女の纏っている”空気の色”しか見えなかった。


 この人1人だよね?そのとき、


「パパ~、今日チョコのケーキじゃないの? クリスマスだよ」


 とっても不機嫌そうなかわいい声が、ショーケースの向こう側から聞こえてきた。どうやらもう1人お客さんがいたらしい。


「ああ、ごめん。パパさケーキを頼むの忘れちゃって。ここの和菓子おいしいから、今日はこれを食べよう!」


「今日クリスマスだよ、ケーキじゃなきゃイヤ!」


 ものすごくイヤそうに言った小さなお嬢さんの言葉に私は少し傷ついた。


 いやいやクリスマス・イブに和菓子もいいじゃないか。風情があるし。


 といってもまだこのお嬢さんには難しい年齢か。


 私は顔は笑顔で心の中では泣いて、和菓子を準備する。


 大丈夫、大きくなったらクリスマス・イブに和菓子を食べる良さがきっと分かってくれるだろう...…、多分。


「はい、こちらで和菓子を準備しますね」


 クリスマス用の和菓子セットをトレイに載せ、確認してもらうおうとしたその時だった。


 小さなお嬢さんは、トレイを覗くとはっとした顔でこっちを見る。


「サンタさんだ! サンタさんがいる!!」


 どうやらサンタさんの生菓子は、お嬢さんの心を掴んだらしい。


 よしっ、気に入ってもらえた……!


「そうだぞ~。ここのサンタさんの和菓子はおいしいぞ」


 パパさんは必死にお嬢さんの機嫌を治そうとしているのが、かわいい。


 ただその必死さはお嬢さんに見抜かれたらしい。


「でも、パパがケーキ買ってくるって約束破ったのはイヤ。パパと一緒にチョコケーキ食べたかったの!」


 ツンツンした雰囲気で私は怒っているぞ~と言いたげに文句を言った。パパはオロオロした様子で「ごめんよ」と言っている。


 仕方ないなあと言いたげに、


「次のクリスマス・イブは忘れないでね!」


 お嬢さんは言った。その瞬間お嬢さんとパパさんの”空気の色”が


 ー 桃花色ももはないろ ーからー 藤色ふじいろ ーに変わった。


 えっ?!


 ”空気の色”が目の前で変わったのは初めてだった。


「どうかされました?」


 パパさんは心配そうな声で聞かれた。私の動揺する姿を見て、気を悪くしたと思ったのだろう。とっさに


「クリスマスって、和菓子を食べる人あまりいないんですよ。だから買ってもらえて嬉しくて」


 今言った言葉は嘘ではない。


 返事を聞いたパパさんはほっとした様子で、和菓子を受け取った。


「おいしく頂きますね。ほんとうにありがとうございました」


 と言って、お嬢さんと手を繋いで店を出ようとする。


 お嬢さんは少しこちらを振り返って、小さく手を振っていた。


 手を振られていることに気づいたときには、2人が纏っている空気の色はもう見えなくなっていた。


 なんか、気持ちがほんわかしたなあ~。


 ところでこの”空気の色”の変化って、一体どんな意味を持っているんだろう?


 私はそんな疑問を持ちながら、店番を続けた。



※ ※ ※ 



「へえ、オーラって色変わるんだね」


 大学の食堂で、もぐもぐとホットサンドを食べている友人が興味深そうに言った。


 いや、食べ終わってから話そうよ。


「食べながら喋るの、行儀が悪いよ」


 うちのばあちゃんが見たら怒りそうだなあと思いながら、苦言を言っておく。


「きびしっ! 真面目か」


 そう言いながらホットサンドを平らげた友人は、私に向き直る。


「そのオーラさあ、なにかに活かせたらいいのにね。」


「なにかって何に?」


「占い、カラーセラピーとか?」


 カラーセラピーねえ。


 私が見えている”空気の色”が、どんな意味を持っているのか分からない。


 これを何か人のために活かせるのかな?


 うーんと悩んでいる私を見て、友人は笑って


「まあ、人の数だけ色んな”空気の色”を持っているって事でいいんじゃない。」


 確かに。まあこの現象とは、これからも長い付き合いになりそうだ。うまく付き合っていこう。

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