後編

「準備が出来たぞ。ゲームスタートだ。おら、選べよ。どのタオルを選ぶ?」


 俺は冷や汗をかいていた。顔も背中も汗でぐっしょりだ。チャンスはたったの一回しかない。選択を間違えたら俺は死ぬ。


「右か? 左か? 真ん中か? おら、選べよ」

 住川はどこまでも淡々と俺に迫る。


 今までの人生で、どの位置を選んで来たら俺はアタリを引いていた? そもそも俺ってクジ運なんてものあったか? 宝くじも当たった事がねぇ。懸賞も……そもそも送った事がねぇ。ギャンブルだって負けが込んでたから借金取りに追われる羽目になったんだ。


「さぁ! 選べよ富田!!」


 右……? 左……? 真ん中……?


 そういや、俺って人の中心になった事ないんだよなぁ。写真を撮ってもいつも端っこの方でいじけた顔をして映っていてよ、会話の中心にすらなれねぇ。いつもいじけて悪ぶってたのが俺なんだよな。


「ま……ま……」

「あぁ? 良く聞こえねぇなぁ!?」


 最後の最後くらい、人の輪の中心になってみたかった……こんな形ではなく……。


「まん……真ん中で!!」


 言ったぞ!! 決めたぞ! 真ん中だ! 真ん中に全てを賭けたぞ!!


「おーし、選んだな。じゃぁタオルをほどくぞ……」


 これで俺の命が終わるか助かるかが決まる。今までお祈りなんてした事なかったが、最後に神頼みさせてくれ。神様、どうか助けてくれ!!


「さぁ……どのナイフが出て来るかなぁ?」


 住川がタオルをほどいていく。


「さぁ! ……出たぞ」


 住川の手に出て来たのはペティナイフだった。


「はっ……! はぁっ……! 助かったっ……!」


 俺は心から安堵した。良かった、ペティナイフだ。


「安心するのはまだ早いぜ、富田。とりあえずこいつでお前を刺すからな。それで死ななかったらお前の勝ちだ」


 そう住川は言うと、手下の田所にこう命じた。


「田所、こいつであいつを刺せ」

「へい、兄貴!」


 田所はニヤニヤしながらペティナイフをちらつかせて俺に近付く。


「じゃ、刺すぞ」


 俺は目を瞑って刺されるのを待った。冷汗はどんどん噴き出してくる。


 ────グサッ。

 腹部を一突きされる。


「いてぇぇぇぇぇ!!」


 ペティナイフの刃渡りは大体十センチくらいだったろうか。サバイバルナイフや出刃包丁に比べれば刃渡りが短いが、それでも刺されたら痛い。


 俺はその場に転がってもんどりうって苦しんだ。


「いてぇぇぇ! いてぇぇぇ!!」


 床を転がってじたばたする俺の拘束を菱沼が解いていく。


「おらよ、自由にしてやるよ」


 手足のテープがはがされ、身体のロープも解かれた。


「ここから生きるも死ぬも、お前の運次第だ」


 住川が表情を変えずにそう言った。


「兄貴が考えたリアル髭もじゃ危機一髪、最初の生贄はお前だったが、いきなりペティナイフを選ぶとはな。悪運の強い奴だぜ」


 田所が俺に嘲笑を向けながらそう言い放つ。


「なかなか面白かったっすね、兄貴。このゲーム癖になりそうです」

 

 菱沼も俺に嘲笑を向けながら住川におべっかを使う。


「ああ、こいつはいい見世物だったぜ。これからもボチボチやるか。はっはっは」


 住川は気持ち良さそうに笑うと、三人衆は車に乗って消えて行った。


 残された俺は、傷跡を抱え込むように起き上がると、人がいそうなエリアまでなんとか歩こうとした。


 刃渡り十センチとはいえ、けっこうな深手を負った。俺は息も絶え絶えにベイエリアの人がいる公園付近まで来た。


「きゃぁぁぁ! この人血を流してるわよ!! 救急車、救急車、誰かぁ!!」


 俺を見て通行人の女が悲鳴を上げた。だが、これで危機一髪、俺は助かった。


「はっ……はぁっ……いてぇ……が、一生分の運、使っちまったな……」


 これに懲りて、これからはまっとうな生き方をしようと思った。もう半グレに戻らないように。ギャンブルで借金をしないように、軽々に人の女と寝ないように。


 俺は今回で一生分の運を使い切ったんだ。最後の最後の神頼みが効いたのか。傷が治ったら神社にお参りにでも行こうかと思う。


 勉強料としちゃ多少高くついたが、危機一髪で助かった命だ。これからは大切にしていこうと思う。数年ぶりに、田舎の親にでも会いに行ってみるか──。



────了

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リアル髭もじゃ危機一髪ゲーム 無雲律人 @moonlit_fables

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