第2話

「おいおっさん。何勘違いしたのか知らねえけどよ。」


スマホカメラの男が、私の顔にスマホを近づけてくる。


「これは演出なんだわ。」


演出?

はて?


「わかりの悪いおっさんだな。これは仕込みだっつってんだよ。」


何が?


「おい、アリス。おまえからも言ってやれ。」


そう言うと、スマホカメラの男が、今度は被害者の女性にカメラを向けた。


「ええと、これ、え、演技なんです。」


被害者の女性がつっかえながら答えた。

演技?

これ?

どれが?


「だから、全部仕込みなんだよ。おまえ、ぜんこーまんだろ?」


おっさん呼ばわりの上に、お前呼ばわりなどと無礼にもほどがあるが、それにこだわっている場合ではない。


「ここで、待ち合わせしてたんだろ、おまえ。」


腹に一発の男がようやく立ち上がって、蹴りを入れた男の結束バンドを切ろうとしている。

だが、不思議なことに、被害者の女性はそれを止めようともせず、警察も呼ぼうとしていない。

何が起こっている?


「お嬢さん、犯人たちが逃げてしまう。早く通報を。」


だが、私の若干焦った呼びかけに答えたのは被害者ではなかった。


「草生えるわこいつ。まっだわかってねーわ。」


スマホカメラの男は、悪人特有の嘲りを口の端に浮かべると、小馬鹿にしたように続けた。


「おまえのやってることは暴行罪に傷害罪なんだよ。だのに、ぜんこーまんとか草超えて森。おまえがやってるのは犯罪。」


暴漢に襲われている被害者を守るのにどうしろと言うのだろう、この男は。


「それに、いまアリスが言っただろ、これは演技で仕込みなんだよ。ぜんこーまんとかいう勘違いしたおっさんを私人逮捕するために演技したんだよ。」

「つまりそれはどういう??」


私は明らかに動揺した。

私人逮捕というのが何かはわからないが、どうやら、「女性がひったくりに遭っている」というのが、全て作り事らしいというのはわかってきた。


背中に汗が流れる。


これまで40年間危機一髪戦士をやってきて、私が懲らしめた悪人どもが、逆恨みをして私を誘い出すために一芝居打ったということはあった。

しかし、これは一体。


「おまえの犯罪は、俺たちがきっちりライブで世界中にお届けしてやったから。」


その言葉が終わるかどうかのとき、近くの植え込みからガサガサという音ともに、男が二人出てきた。うち一人は、スマホのレンズを私に向けている。


「おい、剛、警察に通報したか?」

「やったよ。すぐ来るって。」

「いきなり一般市民2人を殴る蹴るした、おかしな格好したおっさんだって伝えたか。」

「もちろん。」


出てきた連中を含め、3人ともニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて私を見ている。

この者たちの言葉を信じるなら、私に接触してきた動画投稿者というのは、この者たち自身で、私がゼンコーマンとして悪から被害者を救うことを見越して、犯罪をでっち上げ、私の行動を撮影していた、ということか?


たしかに、この者どもの言うとおり、わたしは、「助けて」という女性の声をきいて、バッグを引っ張り合いしている姿を見たことでひったくりだと思い込んでしまった。


待ち合わせの場所でそのようなことがタイミング良く起こったことで、本当は慎重にならなくてはならなかったのだろう。

だが、あの状態を見れば、危機一髪戦士ならずとも、助けに入るだろう。

そうだ。


「私は、女性の、助けて、という声をたしかに聞いた。バッグを取り合っている姿もたしかに見た。」

「しらねえな。おい、アリス。おまえ、助けてとか叫んだか?」


カメラ男はレンズを女性に向けた。

私が被害者と思った女性は、顔がカメラに写らないようにそっぽを向きながらやや小さめの声で答えた。


「さ、さあ。私は、そんなこと言ってない、と思う。たしか。」

「なんだよ、はっきりこのおっさんに言ってやれよ。まあいいや。おい剛。おまえ、撮影してたんだろ?そんな悲鳴あったか?」

「さあ、聞こえなかったな。もみ合いの演技の練習はしてたみたいだけどな。カメラのマイクの調子が悪くてさ。」


ああ、これは、そういう「仕掛け」だったのか。


私は悔しくて涙が出そうになった。


人助けを生きがいに、危機に飛び込み続けて40年。

未だかつてこのような目に遭うなどと想像したことはなかった。

ましてや、「逮捕」されるなどとは。


私が危機から救って来た人々は、皆一様に私に感謝してくれた。

「あなたのような方がいるなら、まだまだこの日本は捨てたもんじゃないね。」

そう言ってくれたご老人がいた。

「おじちゃんありがとう、これからもがんばってみんなをたすけてください。」

助けた現場に、笑顔の私の絵と感謝の言葉の詰まった張り紙をしてくれた小さな子供がいた。

「正義の味方、ほんとにいるんですね、ありがとうございます。」

痴漢を撃退したときに、恥ずかしそうにそう言ってくれた女子学生がいた。


その私が、皆が信じてくれた「私の正義」を裏切り、逮捕されてしまう。私に感謝してくれた人たちに申し訳なく、悔しく、頬を涙が伝う。


ああ、私が犯した過ちが、もう世界中に流れてしまったのか。


こちらに駆けてくる警察官の姿が目に入った。

パトカーのサイレンも聞こえてくる。


逮捕、か。


「おっさん、私人逮捕された感想どうぞ。」


剛と呼ばれた男がスマホの正面を私に向けてきた。


「警察が来る前に早くなんか言えよ。」


スマホカメラの男が急かせる。


「あの、わたしは…」


絶句してしまった。

なんと言えばいいのか。


「ほら、何も弁解できないのか?やっぱこいつ犯罪者だわ。」


スマホカメラの男が私を嘲る。

その間にも、警察官に囲まれる。


ああ、全て終わってしまった。


スマホカメラの男と剛が、私に対するのとは打って変わった口調で警察官に事情を説明しているのが聞こえてくる。大声で話しているのは、おおかた私に聞かせるためだろう。


話の内容は、公園で演技の練習をしていたら、いきなりおかしな格好をした男が乱入してきて、殴る蹴るの暴行をしてきた、というものだった。


間違ってはいない、間違ってはいないのだが。


私をゼンコーマンと知って呼び出して、その近くでわざと悲鳴を上げたこと、隠れて撮影してライブで配信していたことなどは一切口にしていない。


「あんた、公園で演技の練習している人を殴っちゃだめでしょう。」


年かさの警察官が私に言ってくる。


「それにその格好、何?恥ずかしくないの?いい年して。」


一言も言い返せない。悔しい。

だが、私の思いをよそに、警察官の言葉は延々と続く。


するとそこへ。


「あのー。」


声をかけてきた通行人がいた。


「その方は、危機一髪戦士ゼンコーマンさんです。私、助けてもらったことあるんですが、理由もなくけんかする人じゃないですよ。それに、私、その女性が『助けて!!』ってゼンコーマンさんに言ってるのをはっきり見ました。というか、そのちょっと前からスマホで撮影していました。ゼンコーマンさんが走ってくるのが見えたから、助けには入りませんでしたけど、ひったくりの犯人が逃げたらだめだと思って。撮影していたのです。」


なんという幸運だろう。

危機一髪の中で、偶然にも私のことを知っている人がいてくれた。


それどころか、警察に囲まれて、犯罪者扱いされて追求されている中なのに名乗り出てくれた。

きっと勇気がいっただろう。


そして私は思い出した。

動画に出演すれば、私の活動を知った者が第二第三の危機一髪戦士となり人助けの輪が広まる、と説得されたことを。


全く予想していなかった形であったが、確かに人助けの輪が広まった。


私は危機一髪戦士を続けていて本当に良かった。

私は名乗り出てくれた人に心から感謝した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

危機一髪戦士ゼンコーマン危機一髪 @aqualord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ