危機一髪戦士ゼンコーマン危機一髪

@aqualord

第1話

私は危機一髪戦士ゼンコーマンだ。

40年ほど、危機に陥った人々を救い続けている。

ネーミングセンスが古すぎるという自覚はあるが、なに、大事なのは人を救うという実行であって、名乗りにはそれほど価値はないのだ。


ずっと正体を隠して活動を続けていたのだが、ひょんな事から、ゼンコーマン姿で公衆トイレに駆け込むところを通行人に見られてスマホで撮影されてしまった。

しかも、その後トイレから出てくる者を全て撮影するという、今の時代では許されない蛮行によって、体格と歩き方から、トイレから出てきた数人の中から私を特定されてしまった。


私が危機一髪戦士を始めた頃など、カメラですら持ち歩いておる者が少なかった。

その感覚が残ってしまっていたのか、スッキリしたせいで気が緩んでしまったのか、とんと気付かぬうちに、撮影され、その画像から住所と勤め先まで特定されてしまった。

恐ろしい世の中になったものだ。


私が素性を知られたと気づいたのは、動画投稿者から接触があり、是非出演してくれと依頼があったからだ。


私は人を救うために危機一髪戦士をしているのであって、有名になりたいなどとは思っていないからして、一度は断った。

であるが、私の活動を知った者が第二第三の危機一髪戦士となり人助けの輪が広まると説得された。


私は、私の両腕に余る災いからは人を救えぬことを、繰り返す悲しみの中で何度も思い知らされておったから、その説得の言葉に蒙を開かれる思いがした。


危機一髪戦士とならずとも、人を救う熱い想いを持った者が一人でも増えれば、そしてその想いが人から人へとバトンのように受け継いでいかれれば、私一人では救えなかった人々が救われる日がきっと来る。

私はそう信じ、出演を承諾し、今日、指定された広い公園にやってきた。

すでに予め言われていた通りゼンコーマンスタイルになっている。


「はて?時間を間違えたのだろうか?」


私が独り言を呟いたのは、指定された時間のはずなのに、その場には誰もいなかったからだ。


「場所は間違いない。」


スマートフォンに表示されているメール添付の地図と、マップアプリの表示を見比べて見ても、寸分違わぬ場所に私はいる。


「なにかあちらに手違いでも起こったのであろうか。」


そう思った時、微かな悲鳴が聴こえた。

ゼンコーイヤーは人の救いを求める声を聞き逃さぬように、毎日の耳掃除を欠かしたことがない。

おかげで、常人耳では聞き逃してしまうようなかすかな悲鳴でも、漏らさず聞き取れるようになった。

そのせいで、夜寝るときには耳栓が必需品となったが、それは些細なことだ。


悲鳴を追って100メートル15秒のゼンコーランで駆けつける。


「あれは!」


両手でバッグの持ち手を握りしめたスカートの若い女性が、二人連れの若い男とバッグの引っ張り合いをしている。

私のゼンコー歴からすれば、あれは間違いなくひったくりの現場である。


「誰か助けて!」


女性が近づいてきた私に気づき、私をはっきりと見ながらまた悲鳴を上げる。

動画投稿者との待ち合わせのことなど頭の中から綺麗に一掃された私は、いつもの通り割って入った。


「世の悪事をなす者よ。ゼンコーキックを受けよ!」


先手必勝である。

加齢によって若い男2人を同時に正面から相手することがおぼつかなくなってきたとき、私は悩んだ。

危機一髪戦士とあろう者が、ゼンコーを名乗る者が、果たして闇討ちのような相手の隙をつく戦い方をして良いのだろうか、と。

しかし、悩みながらも、私は戦い続ける方を選んだ。

危機に陥った者からすれば、私がどのようにして救おうが些細な問題のはずだと思ったからだ。


災害に巻き込まれた人を、泥だらけになりながら救助している者が尊くないはずがない。ならば、私の自己満足など、どうでも良いことなのである。


私の死角からのキックは見事に決まり、若い男の一方は派手に転倒した。

残りは一人。

危機一髪戦士としての経験が、無意識に体を動かし、あっけにとられているもう一人の男の腹に見事な一発を決めた。

崩れる男。

なおも、女性のバッグをつかんでいる手は離していないが、もはや、奪って逃げることなど出来ようもないであろう。


ゼンコーバッグから、結束バンドを取り出す。

以前は犯人を拘束するのにロープや手錠を使っていたが、あれは費用がかかりすぎなのでやめた。

後ろ手にして、親指をきつく結束バンドで締め上げれば十分だと教えてくれた者がおったのでその通りにしたら、うまくいった。それ以来の愛用品である。

最初に蹴りを入れた方の男を締め上げる。

次に、腹に一発入れた方の・・・


「ちょっと、待って、待ってください。」


女性がおろおろした様子で、私を止めようとする。


「どうした、怪我でもしたのか。」

「いえ、そうじゃなくて。」


「おいおっさん。」


突然背後から声がかかった。


「なんだ?」


殺気は感じなかったから、手は出さず、だが、腹に一発の男を視界から外さぬようにして私は振り返った。


「あんた、自分のやってることがわかってるのか?」


なにやら偉そうな男が、スマホのカメラを私に向けながら私に敵意を向けてくる。


「何とは?」


私は冷静に答える。

事情を知らぬ通行人が私が暴行を働いたとでも勘違いしたのであろう。


スマホの男は、カメラのレンズを倒れている男たちに向けた。

とたんに倒れた男たちが、

「痛い痛い!助けてくれ!」

「骨が折れた!」

だのと大声を上げ始めた。


なんだ?

骨が折れるようなことはやっていないはずだ。

蹴りを入れた男は、場合によっては軽いむち打ちになったかもしれないが。

だが、中年男一人で、若いひったくり暴漢2人を相手にしたのだ。

これしきのこと、何か問題でもあろうか。





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