アーマード悪役令嬢ロワイアル〜絶壁VSドリル頂上決戦〜

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

アーマード令嬢のティーパーティー危機一髪

 淑女は貞淑であれ。


 肌を晒してはならない。

 素顔をみせてはならない。

 髪を触れさせるなどもってのほか。


 それが貴族令嬢である。

 ゆえに!

 全身を覆うフルプレートアーマーと顔と頭を覆い隠すフルフェイスヘルメットが淑女の正装となったのは必然だった。


 淑女たるもの完全武装せよ!


 されど女性は非力である。

 というか男性でも完全武装はキツい。

 正しきマナーを守るためにはどうすればいい。

 多くの淑女は悩んだ。

 そこで開発されたのが魔導式外骨格鎧ーーアーマードである。

 つまり筋力は魔力で補え。


 アーマードは淑女の礼装として社交界に拡散され、より強く優美に、と様々な開発と改良がなされ、五つの形に落ち着いた。


 破壊力と高機動を兼ね備えた火属性の多脚型。

 最速で空を駆ける軽やかな風属性の飛行型。

 変幻自在の技巧輝く水属性のホバークラフト型。

 頑強な動く要塞となり圧倒する地属性のタンク型。

 そして汎用性は高い量産されている無属性の二足歩行型。


 こうして貴族令嬢達は日夜ティーパーティーと呼ばれる闘技場で、己のプライドと家名を背負い闘争に明け暮れていた。

 近年、その社交界に殴り込みをかけた愚か者がいた。

 伝説の光属性の使い手として聖女に認定され、レイヴン子爵家の養女となったシーファである。

 シーファのアーマードは旧式の量産型。

 標準的な二足歩行型だ。

 このような古臭い化石に負けるなんてありえない。

 その思い込みと油断により、幾多の令嬢がシーファに敗れ去っていた。

 まさに社交界の悪夢ヒールだ。

 ただ社交界最大の恥辱である顔晒しは一件もなく、守備堅めからのカウンター主体の戦闘スタイルは玄人好みで上位層からは一定の称賛は得ている。


 そして今宵。

 社交界最強の一角であるスレイプニル公爵家令嬢シルヴィアとレイヴン子爵家令嬢シーファが相対することとなった。


「よく逃げずにこのティーパーティーに参加いたしましたわね。シーファ」


「美味しい獲物が食べられると聞いたから」


「ふん! 戦意は十分というわけね」


「え!? えーと……ごめんなさい。スレイプニル家主催のパーティで出される絶品の桜肉が目当てでした」


「そ、そうなの……あとでシェフに頼んで包んであげるわ」


「ホントに!?」


「ただし! あなたが私に勝てたらの話ですが!」


「よし! やる気が出てきた!」


 ティーパーティーが行われるコロシアム。

 その中央で向かい合っている二人……もとい二機のアーマード。


 一方は優美。

 スレイプニル公爵家を象徴する八本足のケンタウロス型アーマードだ。

 強靭な八本足は、火の力を得て空も自在に駆けることができ、その突進力と神槍グングニルが合わさったとき破壊できぬものなし、と詠われている。

 女性らしさを見せつける豊満な胸部装甲と縦ロールを彷彿とさせるドリル状のブースター兼排熱機構はアーマードの業界に広く取り入れられているトレンドの一つだ。


 もう一方は無骨。

 錆色の二足歩行フルプレートアーマーが、巨大なタワーシールドとハルバードを持っている。

 門番を彷彿とさせるそのスタイルはゲートガーディアン型と呼ばれ、広く普及しているものであるが、優美な社交界には似合わず、化石と蔑まれてもいる。


「ティーパーティーの開催を宣言する」


「淑女たるもの優雅であれ」


「淑女たるもの貞淑であれ」


「淑女たるもの勝者であれ」


「淑女たるもの慈悲深くあれ」


「「今ここに礼を尽くさん」」


 お決まりの宣誓。

 ティーパーティーは血生臭い闘争ではない。

 淑女のマナーを学ぶ場である。

 そのことを忘れてはならない。


「それでは参りますわね!」


 シルヴィアのドリルから無数の炎弾がガトリング砲の如く解き放たれる。

 通常ならはただの牽制。

 けれどスレイプニル公爵家の炎弾は全てが必殺の威力を誇る。

 並の実力者では、なすすべなく無様な敗北に沈んでいく。


 燃え上がる火柱がコロシアムの空を赤く焦がす。

 シーファは旧式の量産型。

 炎そのものは防げても熱を防ぐことはできない。あっけなく勝負が決まったかのように見えたが。


「やはり……あなたの絶壁には遠距離攻撃は効果がないようですわね」


 かき消える火柱から現れたのは光の障壁だった。

 光属性の持つ魔法無効化能力。

 機動力のない旧式二足歩行型だ。

 距離を保ち、遠距離攻撃を放ち続ければ勝てるだろう。

 そんな甘い考えを抱いていた令嬢達がシーファの前に敗れ去っている。


 魔法無効化。

 遠距離攻撃に意味はなく、まともに戦うには近接戦闘で挑むしかない。

 そこで手痛いカウンターを喰らい、負けるのがパターンとなっていた。


 このまま逃げながら攻撃し続ければ、優位に見えるのではないか。

 そう思う人もいるかもしれないが、それは社交界が許さない。

 無意味とわかっている攻撃で戦闘を長引かせるのは優雅ではない。無様だ。そんなことをすれば社交界の笑い者となる。

 攻撃している側だけが笑い者にされる。

 なにせシーファのアーマードは旧式の量産機なのだ。

 機体性能で遥かに優位でありながら、無意味な逃げの戦いをするなどもってのほか。

 最悪、家名を穢したと放逐されるだろう。

 それならば正々堂々戦い敗れたほうがマシである。


 貴族社会にとってティーパーティーはそれほどまでに神聖不可侵な礼節の場となっている。


「いいでしょう。近接戦闘こそスレイプニル家の誉れ。あなたに至高の一撃を見舞いましょう」


 シルヴィアのアーマードの八本足から炎が噴き出し、大地を……そして空を駆け回る。

 炎槍の舞。

 絶死の焔華。

 コロシアム全体を黄金の炎が包み込む。

 そしてグングニルを掲げたシルヴィアが最高速のまま、空からシーファに向かって駆け降りてくる。


 騎馬戦術を極めしスレイプニル公爵家の突撃槍を防げたものはいない。

 放たれれば負ける。

 まさに必殺。

 自由に空を駆け回させた時点で負けなのだ。

 スレイプニル家に勝つためには、自由を奪うしかないと言われていた。

 カウンター主体の戦術など一番やってはいけない戦術だ。

 そのためこの勝負は始まる前から決していると囁かれていた。


 そして多くの予想通りの展開を迎える。

 スレイプニル家のグングニルが突き出されたハルバードを破砕し、シーファの構えるタワーシールドも容易く貫き、フルフェイスヘルメットをはじき飛ばした。

 シーファの素顔がさらされて、勝負が決した。

 ……そう思われたのだがシルヴィアは驚愕することになる。

 あるべき場所に顔がなかったからだ。

 代わりにフルフェイスヘルメットの下からひょこんと現れたのは。


「アホ毛!?」


「たかがメインカメラをやった程度で油断しましたねシルヴィアさん! この瞬間を待っていました!」


 シーファの叫び。

 たった一撃でシールドもハルバードも頭部も、武装全てが破壊された。

 危機一髪。

 まさに満身創痍だがシーファにはこの瞬間しか、シルヴィアに攻撃するすべがなかった。

 光の盾が折り重なり、一筋の光剣となりて、シルヴィアの胸部装甲とフルフェイスヘルメットを抉る。

 シルヴィアのグングニルはすでに放たれており、防ぐ手段を持たない。

 シーファの作戦通りカウンターが完璧に決まる。

 されど、社交界最強と詠われるスレイプニル家は流石であった。


「回転しなさいグレイプニル」


「ここでドリル!?」


 先ほど炎弾を放っていたシルヴィアの縦ロールが回転し、シーファの顔を隠していた胸部装甲を貫いた。

 シルヴィアとシーファ。

 互いの顔がさらされて、視線が交錯する。


「「カーテンコール!」」


 途端に光と炎の壁がコロシアムを覆い、観客席からは見えなくなった。

 カーテンコール。

 勝負が決した宣言。

 淑女が顔を晒すことは許されない。

 勝者であっても敗者の顔を観客にさらす顔晒し行為はマナー違反だ。

 誇り高きティーパーティーでは、勝者が相手の顔を視認し「カーテンコール」を宣言することで勝敗が決する。

 その宣言が同時だった場合は引き分けとなる。


 稀に見る名勝負への歓声はコロシアムのステージには届かない。

 光と炎に包まれた荘厳な場で、スレイプニル公爵家令嬢シルヴィアとレイヴン子爵家令嬢シーファはしばし見つめ合っていた。

 先に口を開いたのはシーファだ。


「シルヴィア様はーー」


「シルヴィアと呼び捨てでお願いします。勝負は引き分け。私とシーファは対等なのだから」


「わ、わかりました。シルヴィアの髪型は縦ロールではなかったのですね」


「セットが大変ですからね。それにあの髪型でフルフェイスヘルメットを被るのは無理でしょ?」


「たしかに」


 シルヴィアは微笑んだ。

 高飛車で縦ロールお嬢様を想像していたシーファはしばしその優しい表情に見惚れる。

 豊満な胸部装甲はそのままだが、黒髪ストレートでどこかおっとりした姿は、戦いの場が似つかわしくない深窓の令嬢だ。


「シーファこそ。その身長でどうやって戦っているの? なにも見えないわよね」


「視界ゼロなので光魔法で全方位見てます」


「なるほど光魔法で探知を。凄いわね……あなた」


「私の身長にあうアーマードが存在しなくて。さすがに派手に動くと、視認が追いつかないので守備堅めのカウンター主体ですけど」


 シーファはピンク髪のロリだった。

 スラム街出身。栄養不足。子爵家の養女となり、食事が改善されたため急激に成長しているが、元の見た目が幼すぎたため、まだ十歳ぐらいにしか見えない。

 魔法力の大半を知覚に費やしている。

 通常ならばまともに戦闘できないだろう。

 もしもシーファが専用のアーマードを手に入れて、十全に戦えるようになったのであれば……。

 シルヴィアがそんな妄想をしてしまったのも仕方がないことだった。


「それにしても残念です……桜肉」


「ふふ。買ったらという約束でしたからね。では条件付きで差し上げましょうか?」


「条件?」


「今後二人きりのときは私のことをお姉様と呼ぶこと、などはいかが?」


「お、お姉様? それでお肉もらえるならいいですけど」


「もちろん他の子をお姉様呼びは禁止ね」


「えと、はい? 別に呼ぶ宛はないのでいいですよ」


「それじゃあ呼んでみて」


「シルヴィア……お姉様」


「はい。よくできましたシーファ」


 シルヴィアはニコニコ笑っている。

 シーファは困惑している。


 このときの貴族社会に疎いシーファは知る由もなかった。

 貴族令嬢が素顔を晒しながら、姉妹の契りを交わすその意味を。

 もう敗北は許されない。

 闘争の日々はこれからも続くことになることを。

 



 

 

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