死神さんと護衛幽霊
野森ちえこ
死神さんのお仕事
やっぱり今日のハイライトはあれかな。看板落下。まさに危機一髪だったよね。どうなることかと思ったけどギリギリ避けてくれてよかったよ。
相変わらずといえば相変わらずなんだけどさ。いくらなんでも狙われすぎだよね。彼自身はなにも悪いことしてないのに。
父親や祖父への脅しや恨みで狙われるなんて、権力者の家系に生まれるってのも大変だ。
なんて他人ごとみたいにいっているけれど、ぼくの家は護衛として彼の一族に代々つかえている。
だからぼくの命は、ぼくのものであってぼくのものではない。
いついかなるときも、ぼくは彼の盾となるために存在している。いや、存在していたというべきかな。
「そうだね。なんたってもう死んでるからね。盾にはなれないよね。通り抜けちゃう」
ひゃっひゃと笑うのはいわゆる死神というやつらしい。
といっても、カマなんか持っていないし黒マントをまとってもいない。シンプルなシャツと細身のパンツ。特徴といえば紅蓮のごとく赤い髪くらいだけど、それも死神というよりヴィジュアル系のバンドマンみたいだ。
「ごめんね。やっぱりぼくはまだ行けないよ」
死神さんのお仕事は亡くなった魂を天界まで案内することだという。
マンガや小説で描かれるような死神とはちがって、人の命を奪ったり寿命を操作したりすることはできないんだって。
「まったく。何度もいってるよね。君みたいな一般霊が長く現世にとどまるのは危険なの。時間がたてば、君のなかの『君』は消えていくからね。んで自我がなくなってむきだしになった魂は、
「それならそれで仕方ないよ。どっちにしろ、ぼくがぼくでいられるのは今だけってことでしょ?」
「あのねー。君はそれでよくてもボクはよくないの。君の魂が汚染されたらそれは担当であるボクのペナルティになるんだからね」
「死神さんのペナルティってどんなの?」
「給料カット、ボーナスカット、有休消滅」
「うええぇ……天界も世知辛いんだね」
「同情するなら一緒にきてよね」
気の毒だとは思うけれど、申しわけないとも思うけれど、やっぱりこのまま行くことはできないよ。
*
母のお腹のなかにいるときから、ぼくの護衛対象はきまっていた。
ぼくより二か月先に生まれた、
だからぼくは、物心ついたころにはもうすでに護衛の任についていた。
もちろん大人のサポートはあったけれど、同級生のぼくなら学校内でもすぐそばで守ることができる。
必然的にぼくは多くの時間を彼と共に過ごすことになった。
父親とは似ても似つかない彼は、とても気がやさしい男である。
だからこそ、たかだか護衛ひとりの死にも深いダメージを負ってしまったのだけれど。
暴走車による死傷事故。
あれが単純な事故だったのか、何者かの謀略だったのかはわからない。
ただぼくは任務をまっとうして命を落とし、彼は心に深い傷を負ってしまった。
ぼくの任務は、二歳上の姉さんが引き継いでいる。姉さんはぼくなんかよりずっと優秀な人だからしっかり彼を守ってくれるだろう。そこは心配してないんだ。
問題は彼が護衛を拒絶していること。より正確にいえば、自分の生きる価値を見失っていることだった。
ぼくも彼もまだ高校生だ。
いつでも命を捨てる覚悟をしていたとはいえ、ここで人生終了なんて、悔しくないといったらそりゃあ嘘になる。
それでも、ぼくはぼくの仕事をまっとうしただけなのだ。彼が責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないというのに。
見ていることしかできない自分がもどかしい。
できることなら彼が立ち直るまでそばにいたいけれど、それが無理ならせめて、ぼくがぼくでいられる間だけでも見守っていたい。
ただの自己満足だけど。最期くらい自分の命を自分のためにつかってもいいでしょ?
*
このごろは意識をたもつのがむずかしくなってきた。ちょっと気を抜くとガクンと意識が落ちる。生きていたころの『寝落ち』に似ている。
死神さんがいっていた、ぼくのなかの『ぼく』が消えていくってこういうことなのかな。
姿もほとんど維持できなくなった。今のぼくは霧とか
でも粘ったかいあって、最近はほんのすこしだけど彼に笑顔が見られるようになってきたんだ。
もう、大丈夫かな。
どうも姉さんといい雰囲気になってるっぽいんだ。
身分違いの恋ってやつ? いいね。よかったね。二人ともがんばって。
「うわっ、危なー。ギリギリだったね」
——死神さん?
「おうよ。君が頑固だから今日までずうぅっと君の霊力をモニタリングしてたの。ここまできたらもう問答無用だからね」
——ぼくの声、きこえ……て?
「あったりまえでしょ。ボクを誰だと思ってんの。ほら行くよ」
ふわりとなにかあたたかいものに包まれて、
——あり……がと、しにがみ、さん……
「べっつにー。これがボクの仕事だからね」
(おしまい)
死神さんと護衛幽霊 野森ちえこ @nono_chie
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