おもしろき 事もなき世に おもしろく?

肥前ロンズ

お題 危機一髪

 ――下関市桜山。

 ここには、晋作さんの提案のもと、維新志士たちの霊を祀っている。そしてその当人も、いままさに命尽きかけていた。

 私はこの方に助けられたというのに、私よりずっと若いこの方が命を落とすなど、なんと皮肉なことだろう。まだまだ、果たさなければならないことがあったと言うのに……。


 けれど目の前で伏せっている方は、やはり面白げな顔をして言った。

 

「おもしろき 事もなき世に おもしろく」

 彼が歌を詠む。

 私も、歌を詠んだ。

「住みなすものは 心なりけり」

 こんな老婆でも、若い人たちのように、新しい世のために邁進することが出来た。いつだって、気持ち一つ。

 私がそう詠むと、彼はゆるやかに笑って、そのまま息を引き取った。




「……いや待って」

「痛ぁ!?」


 私はガッと晋作さんの頭を掴んだ。魂が抜ける前でよかった、危機一髪。私、尼になって剃髪してるから、髪ないけど。


「今とてもいい歌ができたのに、この歌、あなたと私の連歌じゃなくて、あなたの歌として有名になっちゃいそう」

「えええ……」

「だから死ぬ前に、『これは高杉晋作と野村望東尼の連歌です』って書いてくれない?」

「死ぬ間際の人間になんてこと言うんだ君は!?」


 さきほど昇天しようとした人間とは思えないほどのツッコミの冴えね、晋作さん。


「多分ね、私と違って、晋作さんは百何十年後にも名前が残りそう」

「そうだね。僕だしね」


 自信満々ね、晋作さん。そう来なくっちゃ。


「そしてこの歌の上の句だけが有名になって、『このつまらない世の中を、俺が面白くしてみせるぜ!』って意味にされそう」


 私的には「面白く生きるかどうかは心次第」みたいな意味なのに。

 そのうち、『あの歌続きがあるんだけど、どうやら知り合いに勝手に付け足されたらしい』とか言われそう。ここまで来るのに、私結構頑張ったのに。


「そう言えば、色んなことがあったわね……」

「ちょっと死んだ人間を前に、回想やめて?」

「例えば私が姫島に投獄された時、あなたが指示して助けてくれたわね 」

「無視? ねえ無視?」

「あれは危機一髪だったわ。我ながらよく命があったと思うわ」


 夫が隠居した後、歌の道に進んだ私は、そのご縁で京都へ行くことになった。そこで見聞きした、政治情勢の数々。

 京都で尊皇攘夷派の皆さんと交流を持った私は、地元の福岡に戻ってから、彼らを匿うことにした。その中の一人が、晋作さんだったのだ。

 ちなみに、似たような活動をされていた女性は他にもいて、お登勢さんの名前は聞いたことがある。その人は何か、ある宇宙系侍喜劇のモデルに出てきそう。

 それはさておき、福岡でも攘夷弾圧が強まって、私も姫島に投獄された。男性ならもっと重い刑にされるところだったけれど、女性は身体が弱いという理由で軽めの刑だった。なめてんなー、と思ったけど、その時ばかりはそれで助かったわ。冬の姫島、とっても寒かったし。

 まだまだ維新は始まってもいない。新しい世が来るまで、私は死ねない。少なくともあと一年はかかる気がする。

 私たちの維新はこれからよ!


「よし、いい感じに締まったわ」

「え、無言で何が始まって終わったの?」

「これで私も、百何十年後かにはソーシャルゲームのガチャに出てきそうね!」

「ねえ聞いてる?」



【完】

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