一年の計

高野ザンク

無限ループ

「一年の計は元旦にあり」とはよく言ったもので、俺は今年こそダイエットを始めなければ、いや、達成させなければと心に決めていた。そのためには、まずは暴飲暴食を今日、この元旦からやめて粗食に生きるのだ。それが今年の一年の計。


「お雑煮のお餅はいくつかしら」


 正月の朝っぱらから、おふくろが訊ねてくる。いつもなら「3個」と言うところだが、痩せると決めた以上ここは手堅く1個、いやいや、あえて「餅なし雑煮」というのも良いじゃないか。


「今年のお餅、小ぶりなんだけどねえ」


 と、見せられた餅は確かに普通の餅の半分ぐらいの大きさだった。だったらここは1個だけ、いやいやいや、ここで餅の数を減らしてしまっては後で腹が減ってしまい、かえって総摂取カロリーが多くなってしまうじゃないか。しかも、まだまだ20代前半食べ盛りの俺が元旦から少食になったなんて、正月早々親を心配させてしまうではないか。ここは孝行息子ぶりを発揮しなければ申し訳がたたない。断腸の思いで俺は告げた。


「じゃあ5個で!」


 実質これで2.5個なんだから餅半個分のカロリーは減らしているのだ。むしろ腹持ちのよい餅を食べておくことで長時間腹は満たされるし、しかも俺は今日からジョギングを始めようと思っているのだ。カロリー控えめの食事からの運動さえすれば、ダイエットにはなんの問題もない。


 5個ではあるが実質2個半の餅を平らげて、俺は満腹をさすりながらジャージに着替える。食べたら運動。それがダイエットのセオリー。

「ちょっと走ってくる」と少し得意げな声で家族に告げて、俺は家を出た。


 しかし、この元旦の寒さはなんだ。外へ出ただけで寒気が染みる。でも、走り出せば身体から暖まるはずだ。俺は早速走り出した。


 ジョギング開始から3分も経たないうちに、汗が大量に出てくる。しかも暖かくなるどころか、その汗はすぐに冷たい水に変わり、かえって俺の体温を奪う。このまま走っていると風邪をひくんじゃないか?それでも走り続けたほうがいいのか?

 いやいやいやいや、ダイエットの目的のひとつは「健康体になること」なのだ。風邪なんかひいてしまったら、大事な目的を失ってしまう。俺は危険回避のため、ジョギングをとりやめて自宅に戻って熱いシャワーを浴び、ついでに身体の中から暖まるために、おせちを肴に熱燗を飲んだ。とにかく走ることは走ったのだ。多少なりともカロリーは消費した。なんの問題もない。


 夜は寿司だった。正月ぐらいはご馳走だ。寿司は低カロリーと誰かが言っていた。美味いものはだいたい高カロリーだが、寿司はその点で神食といっていいだろう。なにせ今日は正月だ。無礼講だ、無礼講。一年の計は元旦にはあるが、それは正月からロケットスタートする、ということではないのだ。

 今日、俺は餅の数を減らし、ジョギングをして、低カロリーの夕飯で済ませている。なにごとも最初からダッシュしては息切れしてしまう。明日から少しずつ強度をあげていけばなんの問題もない。


 2日は餅がさらに小ぶりだったので6個で我慢し、外は雨だったから、室内で屈伸を試みたものの太ももに違和感があったので10回でやめておいた。怪我して歩けなくなったら運動どころの騒ぎではない。夜はすき焼きだった。すき焼きは肉料理にしてはカロリーが低いと誰かが言っていた気がする。


 3日は餅が大きめだったので5個で止めておく。昨日の太ももの違和感が気になったので、箱根駅伝を見て自分が走っている姿をイメージトレーニングした。ものの本に「イメージトレーニングするだけでも効果がある」と書いてあった気がする。夜は天ぷらを食べた。天ぷらはカロリーが高いらしいが、ウチはカロリーオフの油を使っているから大丈夫だろう。海老天は苦渋の思いで3本で我慢した。



 そんな三が日を過ごして体重計に乗ると、なぜか数値は下がるどころか、急激に上昇していた。


 ヤバい。


 ついつい正月だからと浮かれて暴飲暴食を続けてしまった。うっかりにもほどがある。まったく一年の計が活かされていない自分に俺は腹を立てた。

 まあ、済んでしまったことはしかたがない。スタートはいつからだってしていいのだ。正月始まりというのは確かに区切りがいいが、たかが365日のうちの1日でしかない。俺にとっては今日が正月。今日が一年の計。今日がスタートなのだ。


 今日からやる、と決めたら少し気がおさまった。よし、やるぞ。やるのだ。ならばまずは腹ごしらえ。よく食べて、よく動く。これこそがダイエットの定石。これさえ守ればなんの問題もない。


 おふくろが訊ねる餅の数に俺は力強く答える。


「じゃあ8個で!」



(了)

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一年の計 高野ザンク @zanqtakano

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