スタート・ユア・ジャーニー

地崎守 晶 

スタート・ユア・ジャーニー

 

 リズムよく体を揺らす振動、くっついた体から感じる心地よい温もり。


「……ちゃん、――ちゃん」


 耳元、名前を呼ぶ声、肩が揺さぶられる。とてもしあわせな夢を見ていた気がする。もう少しこのまま、この心地よさに身をゆだねていたくて身を寄せようとして、


「ふふ、まーったくかわいいんやから。じゃ、イタズラしたろ。ふぅ~」

 

 耳の穴に息が吹きかけられ、くすぐったさであなたは跳ね起きた。

 何をする、と叫ぶと彼女――まっしろな髪を輝かせ、まっくろな服で体を包んだ、吸い込まれるような瞳の少女――は、にっと唇の端を吊り上げて笑う。


「かわいい寝顔やったで」


 あなたは真っ赤になり黙ってしまう。

 他には誰もいない列車。窓から陽の差し込む長椅子。あなたはいつのまにか、彼女の黒いパーカーの肩で居眠りしてしまったようだ。

 あなたは苦労して彼女の顔から目を離して向かい側の車窓を眺める。

 窓の外を流れる景色。黄色いせんすいかんが浮かぶ海、抜けるような青空を競って飛ぶ車たち、黄昏の中を無邪気に駆けていく子ども、宇宙を駆ける機動兵器、強大なドラゴンを貫く血塗れの鎧の騎士、コロシアムで決闘を繰り広げるエインへリアル……。

 通り過ぎる、いくつもの世界の断片。あなたはめまいと同時にわくわくする気持ちを覚える。


「ふふ、楽しみやなあ」


 目を細める彼女に、何が、とあなたは問いかける。


「それはモチロン、キミの旅の行く先、や」


 ゆっくりと列車は止まる。ひとりでに扉が開く。


「この列車を降りたら、その一歩からはじまるんや、キミの旅が。無限の世界を巡る、キミだけの旅が」


 励ますような言葉と共に、彼女はあなたの手を取り、立ち上がらせる。扉の先、まぶしい光の溢れる列車の外に、あなたは少し緊張を感じる。


「さ、行っといで」


 そして手のひらに感じる温もりに導かれ、大きく息を吸って、あなたは足を踏み出す。

 






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スタート・ユア・ジャーニー 地崎守 晶  @kararu11

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