薔薇皇子、陽だまりのような花姫に完敗する
「わたくしがあなたにあだ名をつけてもよろしくって?」
そう言った幼い少女は、なんと己の名前を当ててきた。ロザムンドはその時のことを思いだし、くつくつと笑う。真っ直ぐにロザムンドを射抜く目に、好ましい感情を抱いていたのは本当だ。
当時の気持ちは恋愛感情ではない。ただ、その純粋な幼子を愛しむ気持ちだけだった。
当時のロザムンドは名前を知られてはいけない立場であった。
少なくとも、乳兄弟や血の繋がった弟妹以外に本名を知らせて良いのは“国家元首”もしくは“配偶者と決めた相手”だけだった。つまり、名前を当ててしまったナスルは、意図せずしてその座を手に入れてしまったわけである。
最初に感じたのは驚愕、次いで面白さ。まだ年端も行かぬ幼子を嫁にすると言い出したら、周囲は大混乱だろう。当時のロザムンドは二十五になるところ。それが、九歳の少女と結婚すると言い出すのだ。十六年の差は、大きい。
ロザムンドだって、同じようなことを弟が言い出したら止める。
だが、しきたりはしきたりだ。別に「この人が良い」という女性に出会っていないのもあり、逆にちょうどよかったというのもある。名前を知られてしまったから、嫁にする。それはある意味、好都合だった。
ウルード王国はエアフォルクブルク帝国から遠い場所にある。そこと繋がりができるというメリットも大きく、年齢の問題さえ見なかったことにすれば利益しかない。
幸いにしてナスルは純真で良い子のようだから、ロザムンドが彼女について警戒する必要もない……かもしれない。
そんな打算的な考えがほとんどだった。だが、今は純粋にナスルのことを愛しいと思っている。
「ナスル」
「なぁに?」
「私の名を当ててくれてありがとう」
ロザムンドはそう言ってナスルの額にキスを落とす。成長したナスルは、幼いころの面影はそのままに美しさを備えていた。
「わたくし、あなたの目を見せていただいた時から、ずっとあなたのことしか考えていないのよ?」
「ははは、それは嬉しいな」
ふわりとした金糸を揺らし、ナスルが笑う。本物の花姫フィリオーネは、強い輝きを持つ眩しい人間だが、ロザムンドの花姫は柔らかな光で照らしてくる。穏やかに過ごしたいロザムンドには、ナスルの方が合っている。
「わたくしは幼かったけれど、だからこそ、大人になるまでに皇帝の正妃になる勉強をする時間をたくさん持つことができたわ。きっと、わたくしたちはこうなる運命だったのね」
これは刷り込みではない。暗にそうナスルが口にするたび、ロザムンドは本当にこれで良かったのだろうかと自問自答する。
「始まりは、まあ……あんなだったが」
「結果が良ければいいって言ったのはロザムンドよ」
「それはそうだ」
ナスルがロザムンドを抱きしめる。結局年齢差だけではなく身長差もあるせいで、何をしてもちぐはぐな感じになってしまう。中途半端に抱き着く形になっている妻が愛おしい。
「わたくしとあなたが挨拶をした瞬間が、本当の始まりだったのよ」
「本当の始まり?」
「ええ。わたくし、挨拶をしたときに、あなたの優しさを感じて好きになってしまったのだもの」
初めて聞く話にロザムンドは驚いた。
「ふふ、あなたが始めたのではなくて、わたくしが始めたの。この恋を」
「それは……やられたな」
「でしょう?」
大きな目を輝かせて笑うナスルが愛おしい。ロザムンドは押し潰さないように、小さな彼女を優しく抱きしめるのだった。
短編賞創作フェス 1回目お題「スタート」 恋を始めたのは。 魚野れん @elfhame_Wallen
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