第142話 シエラ星英雄章

 ファジャルとの戦闘が終了してから2ヶ月が過ぎた頃、ケンとソフィアは情報部に呼ばれた。そこでシュバイツ准将、スコット大佐らと合流すると情報部のオフィスを出て別の場所に移動する。前を走る情報部の車の後をついていくケンとソフィアのエアカー。


「大統領府よ」


 エアカーの中から外を見ていたソフィアが隣に座っているケンに言った。情報部からできればフォーマルな格好で来て欲しいと言われていた意味を理解したケン。フォーマルと言ってもケンはジャケットにスラックスと言った格好だ。ソフィアは久しぶりに軍服、迷彩服を着ていた。軍人がフォーマルといえば軍服になる。彼女の迷彩服の胸と肩には中尉章のワッペンが貼られていた。


 情報部から15分程走ったところにある堅牢な柵で囲まれている広大な敷地。ブランドン大統領が執務をする大統領府だ。シエラ星政府の中枢の場所となる。前を通ったことはあるが中に入るのは初めてのケン。ソフィアも中に入るのは初めてらしい。柵の中には派手さはないが重厚な雰囲気のある2階建の建物があった。門の前には銃を構えた兵士がおり、前庭では兵士が巡回している。


「大統領に呼ばれているんだよ」


 車から降りるとスコット大佐が二人に言った。護衛する兵士とともに4人は大統領府の中に入っていった。



「やぁ、ケン、久しぶりだね。ソフィアも元気そうだ」


 大統領の執務室に入るとテーブルに座っていたブランドン大統領と向かい合って座っていたスタークビル大将の二人が立ち上がって部屋に入ってきた4人に近づいてきた。ソフィアは敬礼をし、ケンは地球人のしきたりで頭を軽く下げる。


 座ってくれという大統領の言葉で執務室にある大きなテーブルに腰掛ける4人。大統領の左右にスタークビル大将、シュバイツ准将が腰掛ける。大統領補佐官のケイトとビル、そして参謀本部のコントラレス大佐も入室してきた。補佐官の二人は大統領が地球を訪問した際にも同行しておりケンもソフィアも顔馴染みだ。秘書が各自の前にコーヒーを置く。ソフィアが好きなコーヒの香りが部屋に漂う。


「あれ以来コーヒーはこれにしているんだよ。実に美味しいね、日に何度もおかわりを頼むのでケイトやビルからは少しは控えてくれと言われているんだよ」


 そう言ってカップを口に運ぶ大統領、相変わらず気さくな人柄で場が和む。ひとしきりコーヒ談話が終わると大統領がケンとソフィアを正面から見た。


「二人も知っている様にファジャルとの戦闘は我がシエラの圧倒的な勝利で幕を閉じた。ここにいるスタークビル大将やシュバイツ准将の話だと数年から10年近くはファジャルは自分たちの軍の再編成、艦隊製造等に追われてシエラを含めたブルックス星系に侵略する余裕はないだろうと言う。私もそう見ている」

 

 大統領の話を黙って聞いている他のメンバー達。大統領はそこまで話をすると補佐官のビルに顔を向けた。何も言わずともビルは頷くと自分の前においていたケースを大統領の前に置いた。


「今回の大勝利、この勝因は元を糺せばケンがアンヘル博士の発明を持ち帰ったことによる所が大きい。行方不明だった博士の発明からNWPを手に入れることができた。それをきっかけにして太陽系とも同盟関係を結ぶことができ、彼らの技術の導入につながった。一連の良い流れの出発点はケンの信義に基づいた行動から始まっているんだよ」


 大統領の話を黙って聞いているケン。


 信義に基づいて行動する。信義にもとる行動はしない。ケンがブルックス星系で一人で運送屋を始めた頃から常に自分の考えの中心にある言葉だ。


「情報部や参謀本部から話は聞いている。ケンとソフィアは常日頃からシエラのために多大な貢献をしてくれているとね。私も彼らの評価と同じだ。君たちはこのシエラの為大変よくやってくれている。任務の性格上シエラの星民から称賛を浴びることはないが君たちがこれまでやってきたことは全てシエラにとっては全てがメリットのある事ばかりだ。大変な事をやり遂げてきてくれている」


 ここで再び一度言葉を切った大統領。


「そのケンの功績を認め、シエラ連邦政府大統領としてケンにシエラ英雄章を授与する」


 普段冷静なケンも今の言葉にはびっくりして思わず顔を上げて大統領を見た。ブランドン大統領はいつもと変わらぬ穏やかな表情だ。ソフィアはまさかと言った表情になっている。シエラ人として彼女は英雄章がどれほど名誉なことかを知っている。シエラ人の中でも英雄章を受章した人は数える程だ。有能と言われているスタークビル大将、シュバイツ准将ですら受章していない。最後に受章したのは当人は亡くなっていたが、イダルゴ・アンヘル博士だった。


「ケン、君は英雄章を受賞する資格がある。私もスタークビル大将も君の行動が常に信義に基づき、そしてシエラの為に尽くしていたことを十分に知っている。大統領からこの話が出た時には両手を上げて賛同したよ」


「その通りだ。シエラ英雄章とはシエラ人の為のものではなくシエラという星に尽くした人に贈られるものだ。ケンが地球人だというのは全く関係がない。ケンがシエラの為に尽くしてくれた功績がこのシエラという星を以前よりもずっと強固なものにしてくれている。大統領からこの話が出た時に私は大統領に言ったんだよ。私から大統領にお願いするつもりでしたとね」


 シュバイツ准将に続いてスタークビル大将が言った。


 大統領が立ち上がると全員が椅子から立ち上がった。大統領がケースから取り出したのは純金の見事なメダルだ。それをケンの首に掛けた、部屋にいた全員が拍手をする。


「ありがとうございます」


 地球式の挨拶、頭を下げてお礼を言ったケン。


「正式な授与式ができないのは許してくれ。ケンとソフィアの活動については大っぴらにできない部分が多いのでね。同盟を組んでいる太陽系連邦軍に対してもしかりだ。あまりオープンにしたくない」


 再びテーブルに座ると大統領が言った。その言葉に頷くケン。当人も目立ちたいという気は全くない。ケンが問題ありませんと言うと頷く大統領。大統領は顔をシュバイツ准将に向けた。准将がソフィアを見る。


「ソフィア中尉は本日付けで2階級昇格し、情報部少佐となる」


「えっ!」


 驚いた表情にあるソフィア。


「今までの活動を見れば当然だよ」


 シュバイツ准将が言った。隣でスタークビル大将も大きく頷いている。


「その通りだ。アイリス2でのソフィアの仕事振りは2階級昇進に相応しいものだ」


 そう大統領が言うと、座っていたソフィアは立ち上がって敬礼をしてお礼を言った。


「そしてケンだが、ケンは軍人ではないので昇進はない。政府から英雄章が授与されたが、それとは別にアイリス2に変わる新しい飛行船をシエラ政府と軍から寄贈することにする」


「ありがとうございます」


 席を立って頭を下げるケン。まさか新しい機体が授与されるとは思っていなかった。


「二人には引き続きシエラのために頑張ってもらいたい。期待しているよ」


「「分かりました」」




 それから半年後、ケンとソフィアの新しい輸送船が出来上がった。アイリス2よりも大きなサイズとなり全長は100メートル。大型コンテナ3基が余裕で積める程広くなった貨物室、客室も従来よりも2つ増えて12室の客室を装備する立派な船になった。


 ケンはこの新しい船をアイリス3と命名する。搭載されているAIはもちろんアイリスだ。


 新しいアイリス3ではケンとソフィアに与えられている2部屋を繋いで大きな1つの部屋にする。外装も強化され武装やレーダー関係も更新された。以前のアイリス2よりもさらにグレードアップした輸送船だ。スピードも分速65,000Kmを出すまでになっていた。


「アイリス、新しい船はどうだい?」


『はい。今のところ不具合はありません。良い船です』


「俺もそう思うよ」



 ケンとソフィアはその後も輸送業務をこなしながら訪れた星で情報を収集する。英雄章を受章したことは一部の政府役人と軍トップのみが知っている事実ではあったがその事実を知る者たちにとっては彼の功績から考えて当然だと認識していた。




『ワープアウト5分前です』


「ワープアウト後は巡航速度で頼む」


『了解しました。ワープアウト後巡航速度で目的地を目指します』


「24時間前になったら先方の港湾局にETAの連絡を頼む」




 

 今日も宇宙のどこかをケンとソフィアが乗っているアイリス3が飛行している。



  完


△△△


これにて完結となります。最後まで読んでいただきありがとうございました。


初めての宇宙もので手探りでの執筆でした。兵士でもなくただの運送屋の地球人のケン。人を裏切らないという信念に基づいて行動をするその生き様を書きたかったのですが上手く伝わったかどうか。未来のテクノロジーという事で筆者に都合の良い装備や兵器、スペックとなりましたがどうぞご了承ください。


                          花屋敷

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アイリス2  〜英雄と呼ばれたある地球人の物語〜 花屋敷 @Semboku

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