化物
「これ。何を伸びておる。」
ユリアの声が聞こえる。どこか、嘲笑しているかのような、そういう声だった。秋人にはあの戦国を刀一本で生き延びてきた佐伯秋家の孫として誇りがあったつもりだ。
しかし、おそらく、あの強かった祖父でさえ、これを倒すことができるかは定かではない。一撃を刀で弾いたつもりが、これだ。
秋人の全体はすっかり地面と接していた。今、ユリアに声をかけられる数秒間だけ本当に眠っていたことになる。今がどのような状況なのか、今一度頭を整理する。
その前に秋人の眼前に全ての答えがあった。
「ユリア、こいつは何だ。」
そう。突然降ってわいてきたこの物体に攻撃されたのだ。
妖怪の類か、幻術の類か、はたまた獣の類か。そのどれもが違う。「抗えない」という言葉が遺伝子にまで刻み込まれるかのような風貌であった。四肢は確認できず、勾玉のような物体が浮いており、それを中心として瘴気が漂っている。
「神様じゃよ。」
ユリアはこれを前にしても、一向にたじろぐ気配はない。
次の瞬間、勾玉の怪物が瘴気を伸ばし、ユリアの首を狙った。しかし、金属音と共に、その瘴気はあらぬ角度に弾き飛ばされた。
「ぼけっとしてるのはどっちだ。」
秋人がその刀で瘴気を弾いたのだ。
「ほう、あれの攻撃をいなすか。」
「なに感心してるのだ。次はないぞ。」
ただいなしただけなのに、手の痺れが止まらない。刀を持っているだけでやっとの状況なのである。
「右近様からの命令で、あんたの命を預かっているのだ。時間は稼ぐ。逃げろ。」
後ろにいるユリアを突き飛ばす勢いで叫んだが、ユリアは引き下がるどころか彼の怒った肩に手をやり、押しのけようとした。
「あれはお前では無理じゃよ。」
秋人が止めようとしたときにはもう遅かった。勾玉の怪物は既に瘴気をユリアの体目掛けて伸ばしてきていた。
しかし、破裂音と共に、寸での場所で瘴気がはじけた。ユリアの体が少しだけではあるが、光って見える。間違いなく、ユリアが何かをしたのだ。
「何を・・・。」
秋人が声を掛けるときには既に、ユリアの体は勾玉のすぐ近くに寄せていた。あの吹けば飛ぶような体つきの少女からは信じられないほどの身体能力だった。
「御心が天にある如く、地にもなさせたまえ・・・。」
ユリアが呪文のように唱え、光る手の平を勾玉に当てると、勾玉の瘴気が消え失せ、次の瞬間勾玉が砕けた。
一瞬の出来事で、一体何が起きたのか全然わからなかった。しかし、今の一連の出来事で秋人は確信した。
どうやら、右近の命令が人の身のみでどうにかなるような問題ではない事を。
「これ、何唖然としておる。鬼が子犬のような顔をしておるぞ。」
ユリアが余裕そうに秋人に近づくが、明らかにその足取りはふらついている。秋人は急いで彼女に駆け寄り、肩を貸した。
「ユリア。」
「少し疲れた。後はやつに聞け。」
肩がずしりと重くなる、どうやらユリアは完全に眠ってしまったようだ。行先もわからないというのに、ここで寝落ちられても困る。それに、やつとは誰だ。
ふと、前を見ると、眼前に巨大な鳥居が現れていた。本当にいつの間にかというような感じであった。えらく年季が入っており、鳥居のところどころには苔が生し、蔦が張っている。
「ここは。」
一瞬の戸惑いもつかの間、鳥居の向こうから足音が聞こえてきた。
「貴様か。右近に代わる者というのは。」
その巨体はまさに大男と言って差支えない。整わない髪型はむしろその大男の豪快さを表しているようで丁度いい。女の腰ほどもあろうかと思えるその腕にはびっしりと毛が生えており、獣の類かを疑うほどであった。
「お前は誰だ。」
秋人はすぐに抜刀の構えに入る。しかし、大男は不敵な笑みを浮かべた。
「須佐之男命と申す。」
素直に名乗ったが、秋人の頭では最早処理しきれない。
「狂いか。」
「罰が当たるぜ。」
冗談を言うような男にも見えない。それに、人並離れたその体躯が妙に真実味を帯びていた。どうやら、自分が信じねば話が進まないらしかった。あの謎の化物のこと、ユリアの不死のこと。今まで出会った人智を超える何かを思えば、神様も信じられよう。
「ユリアのことを知っているのか。」
秋人の問いに神を名乗る大男はゆっくりとうなずいた。
「知っているどころか。今や二人三脚の関係だ。」
なぜか自慢げなのである。
秋人の頭の中はすっかりと混濁していた。しかし、そこは佐伯家の血が入っている。すぐに落ち着きを取り戻した様子であった。
「どうやら、あんたが黒幕のようだな。」
スサノオは真っ直ぐにそう言う、少年の目を見て簡単な声を上げた。以前、自分が見た高山右近と似たような目であった。さすがに、右近が自分で選んだ自分の後釜だけある。
(鬼と聞いていたが・・・。)
スサノオはこれからまた面白くなると思い、にやけを抑えられない表情だった。
FAITH @haruyoshi_egawa
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